Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌?!

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思惑で出来た世界
世界は思惑でできている。

It's a wonderful world と微笑み歌うのも、自ら命を絶つのがふさわしい忌々しき場所だと感じるのも、手垢も足あともない自然の様を目の当たりにして『荘厳』の二文字を当て嵌めるのもこの世界の何もかもが私たちの思惑であり、そんな思惑の無いところにワンダフルも自殺名所も荘厳もあろう筈がありません。

例えば石ころがひとつ地面に転がっています。
これは玉(宝石)でしょうか?それともただの石でしょうか?
拾う人の気持ちひとつでそれは玉にもなれば石にもなるのは言うまでもありません。

もっと言えばこの石ころに人生の重さを見て取る人がいるかも知れないし、逆に人生の儚さを感じる人がいるかも知れない。その石ころが何かの思い出と重なり合う形や色をしていれば因縁めいた意味を読もうとするかも知れないし、情緒不安定のケースならば石ころを見て発狂する人だって中にはいるかも知れません。

なぜ石ころひとつ様々な反応が有り得るのでしょうか。



この世界には実は何もない。ボクはそう考えています。

この世界の上には花や雲や水や岩や山や崖が在って、ついでに豪奢なマンションやホテルが建ち並んでいて、真っ赤なスポーツカーや音速で飛ぶ機体が何千機あろうともそれらは全ては我々の思惑の産物。目に見えているからそこに絶対的存在として在るわけではなく、ボクらがその目に映ったものに名前をつけ、意味を与え、高級だとか下品だとか有益だとか無益だとかの認識を皆で共有し、それが確かに在るものとして確認し合いつつ我々は日々の生活を送っている。ボクはそう考えています。

例えば山は火山活動や地殻変動に伴う造山活動で大地が盛り上がったものに過ぎなくて、ボクらはそれに『山』という名前を付け、そこに勝手気ままに神を住まわせて有り難がってみたり、用済みの酸素ボンベや缶ジュースや菓子袋を投げ捨て好き勝手に汚してみたり。しかし間違っても山自身が「私は山である」と主張しているわけではないし、航空機が「我こそは最新鋭の機体であるぞ」と胸を張るわけでもなく、崖が「あなたの死に場所に相応しきこの崖へようこそ」と挨拶をするわけでもない。主張しているのも胸を張っているのも挨拶をするのも我々自身に他ならないのです。我々の思惑があればこそ山は山として存在し、飛行機は飛行機たり得ているし、絶望した人たちは高い崖へと向かいます。

じゃ、逆はどうでしょう?

使命とか愛とか希望とか。
そんなものはこの世界に存在しないと嘯く人たちがいます。だってそんなものは目に見えないじゃないか。簡単に裏切られるじゃないか。作るのは大変だが壊れるのは実に容易ではないかと言う次第。

使命とか愛とか希望とか。それらは確かに危うい性質があって、例えば神の信徒を名乗る人たちなんかの布教活動や経済活動を支える最重要アイテムに神代の頃から指名されているのは誰もがご存知でしょうし、なればこそボクもそんなものを後生大事に抱え込むのは不要であり無用であると少年期のいつからか考えていました。

ついでに言うと義理とか人情とか友情とか品格とか、目に見えるカタチのないものを我々は近代からこっちマクロ経済の整備拡張こそが最優先事項であるとの号令の名のもとにそれらを次々と否定してきたし、否定とまでは言わずとも随分と疎かにもしてきました。そのようなものは不要であり、我々の生活基盤を支えるマクロな経済活動にとって利益をなんらもたらさない足枷の如きものであるとしてきました。



そんな思惑こそが今のこの世界を作っています。

40年前。小学生だったボクはそんな世界がひどく居心地の悪いものに思えてひどく忌み嫌ったし、拒絶もしたし、自分の親も、学校の先生も、近所のおじさんもおばさんも、テレビドラマなんかでしたり顔で説教をたれるタレントだか電波芸者だかわからない連中も、誰も彼もが信用なりませんでした。ものごころが付いてまもなく、少年期のボクは世界や社会に対して最初にそのような認識を抱いたわけです。

それから中学生になったボクは『偽善者』の付箋を密かに作り、それを彼らの額のまんなかに貼り付けて分類し、ファイリングして彼らこそが敵であると肝に銘じるようになりました。しかしボクは自分が特別に敏感だとか繊細だとかそんな意識は微塵もなかったので同級生や友の多くが自分と同じようなことを考え、周囲の大人たちの立ち居振る舞いのイビツさを観察しつつ、彼らが作るこの世界の胡散臭さを自分と同じように嗅ぎ取っているものと信じて疑っていなかったのですが、さにあらん、我が思いを折々に開陳するに至り、判明したのは同級生や友の多くは既に立派なオトナだと言うことでした。

立派なオトナ。もとい、小さなオトナ。

表現の差はあれど友や同級生は私をやさしく諌めてくれもしました。
「うんうん。オマエの言いたいことはわかるよ。親も教師も親戚も皆が『キミのための思って言っているのだ。アナタのことが心配なのだ』なんて言うが、そんなのは嘘だ。どいつもこいつも自分のことしか考えていない。自分の子供や自分の教え子に恥をかかされたくだけさ。立派な学校に行き、立派な会社に入り、立派な社会人になるのがアナタの倖せだなんて口々に言うが、俺がやりたい事を言葉巧みに否定してみせ、俺が好きなものを少しづつ取り上げていく。奪い取っていく。だから後に残るものは彼らが俺にやらせたいことだけさ。そう。立派なオトナってやつ。いい学校行って、いい会社入って、給料たくさんもらって、嫁さんもらって、家建てて、老後に困らないだけの蓄えを持つのがベスト!これに勝る選択肢なし!ってな具合のやつ。笑っちゃうよね。でもさ、思うんだけど、そういう世の中なんだから仕方ないのかなぁって。いくら俺が音楽やりたくても絵を描きたくても野球やりたくても、それじゃきっと食えないもん。おそらく無理だろう。夢じゃ食えない社会なんだから仕方がないんだよ。な。だからオマエもいつまでも逆らってばっかりいないでさ、もう少し勉強したほうがいいぞ。な。わかるだろ」

いやいや、違うよ。ボクは夢の話をしてるんじゃなくて、社会の仕組みの話をしてるんだよ。オトナたちの思惑の話をしてるんだよ。そんなものに黙って従うだけでいいのかって言ってるんだよ。音楽や絵や野球の話じゃないよ。などと友の言い草をあわてて否定してみせるも、誰もが優しく笑い返してくれたぐらいにして、社会や世界の話なんぞはまともに取り合ってもくれない。いつまでも子供みたいなこと言ってないでオトナになろうや!な、西蔵!なんて具合なのです。

当時の言葉でそういうのを『青臭い」と称し、さしづめ今なら『中ニ病」などと言い表して昔も今も嘲笑の対象だ。

で、なにゆえ嘲笑されるかと言えば友の言葉通りに゛そういう世の中”だからです。この世界を作っている思惑から外れるからです。思惑外のものを否定せずに放置しておいて間違って一定の力を持ったりされるとたいへん具合が悪いし始末が悪い。独り二人でいるうちに潰しておかないと、もしかするとそれは寄り集まっていつか反体制勢力となるやも知れないし、そうなればこの世界を作っている思惑を否定され立場が逆転してしまうかも知れない。立場逆転とまでは容易にならずとも世界の内側に不協和音が生じ、握っている筈の主導権を脅かされる。それはおそらくとても不愉快なことであり、不気味なことであり、恐ろしげな想像にさえ繋がりかねない事態…

しかしながら安心して欲しい。当時も今もボクは世界をひっくり返してやろうとか革命を起こしてやりたいとか考えいるわけでも言ってるわけでもなくて、喩えて言うならば少数派の自治権を認めよと主張しているに過ぎないのですよ。

とは言え、ボクは子供の頃も今も周囲の人たちからしばしば言われます。俺らみんながこうしているのだからお前ひとりが勝手なことをするのは許さん。断じて認めん。全体の利益を考えよ。何が独自だ。なにが個性だ。そんなものは精々アクセサリーにしか過ぎないのだよ。違う色のネックレスや指輪をつけることは許されても、お前ひとりが裸で往来を歩くのを認めたりしたら社会は成り立たなくなるんだ。だから勝手なことはさせん!

ま、それも一理あるでしょう。確かに皆が毛皮を身につけることに意義や意味を見出し、毛皮の品評をして気分の良さを感じているところに、『いやいや。やっぱ全裸が気持ちEよ!』なんてことを言い出す奴がいたら排除したくなる気持ちもわからないではありませんが、でもそれは付和雷同がなせる業なのです。付和雷同は簡単に全体主義を生成します。「右向け右」を行動と思考の規範とする人たちを生み出します。だから独りで顔を勝手に横に向けている奴がどうしても許せない。

前述の友や同級生にしたところで、独りで外れたことを主張するボクを優しく諌めてくれるのは友だからであり、仲の良い同級生だからであり、もし彼らにとってもボクが一面識もない人間ならばコメント欄が彼らの罵詈雑言で埋め尽くされるのは想像に難くありません。曰く。周りの人たちにかかるであろう迷惑を考えないワガママで勝手な奴。意味不明なことをほざくアホ。こいつ、もしかして頭おかしい?

ま、そういう言葉こそが全体主義に準じている証しだったりするわけです。

世界はそんな思惑で出来ていて、世界という名の家屋は柱も天井も床も風呂場も庭も全部そんな思惑に満ち満ちている。でも逆に言えば思惑で作らているからこそボクはボクの自由な思惑を生み出し続けるしかないし、思惑には思惑をぶつけて対抗するより他に手がなくて、でもボクは大多数の思惑に勝てる筈とか潰せるとか安直に見積っているのではなく、ボクの思惑をなんとか彼我の思惑の隙間にねじ込み、戦国大名の例えで言うなら三千石ぐらいの小さな領地を将軍様より賜りまして、「狭いながらも楽しい我が家、だよね」なんてことを嘯きつつ楽しく一生を終えたいだけなのですが、この全体主義の国においてそれが容易いことだとも思ってはいません。

なんとなれば、ボクに三千石の所領を担保してくれる将軍様も王様もこの世界にはおらず、もし仮にボクが三千石の領地を手に入れたところでそこでは領内に生活する者が絶えずして外界からの攻撃と口撃にさらされ、領地でつくった作物を奪おうとつけ狙うチビた夜盗が徘徊する場所になるであろうことは容易に想像できます。

しかし、今ボクには確信があります。



二十代のある時期、ボクは、もしかしたら頭がおかしいのではないかと思ったことがありました。どうしても、周囲の人たちがもつ価値観を気持ちよく、フツーに共有できなかったからであり、それはボクのほうに問題があるのではないかと相当真剣に考えたし悩みました。

そうした思いを抱いたまま29歳の時に大陸の旅に出たボクはそこで我が意を得る世界を目の当たりにし、一時期でも自分の頭を疑ったことを後悔しました。なんなれば、ボクが自分の足で歩いた大陸の世界には価値観も生活習慣も宗教も政治的立場も考え方も何もかもがバラバラの人たちが蠢く現実があったからです。

世界は一様ではありませんでした。
見事にてんでばらばら。大陸に住む人の数だけ世界があると言っても言い過ぎではないかも知れません。なのに島国に住むボクらはどうしてか同じ価値観や生活習慣を持たねば不幸になるぐらいの強迫観念に絶えずして駆られ、世界は絶対に変容しないものと信じ込み、新しき価値観を拒絶し、それどころか生活習慣ひとつ変えるのさえ困難極まりない事であると頑迷な態度を決め込んでいる。

もはやボクにはそのような態度を支持することが出来ないし、そんな仲間に入るのさえ拒絶したいくらい。でも拒絶はしません。拒絶はしないけど何もない世界に自分の思惑を作り上げるのは止めません。多くの人の思惑には同調できないけれど、それを否定もしない。何もない世界に何を思い描こうと自由なんですから。だからボクの自由も誰にも侵されたくない。ボクはボクの思い描く素晴らしい世界を作りたいだけで、誰かを攻撃したり殺したり襲ったりしたいわけではない。

だって今のこの世界はどう考えたっておかしいもの。
単純に変だし、歪でしょ。

毎年何万人もの人たちが自殺する世界。就職に失敗したとは言っては自殺し、事業で失敗しては自殺し、長時間労働を強いられては自殺し、病気になっては自殺する。自殺ばかりではなく、休みなく一生懸命働いても収入は生活保護を受けるより少なかったり、ロクでもない親に虐待され続ける子供が大勢いたり、テレビ番組でとりあげる食品をみんなでこぞって買い漁ったり、それも数日ですぐ飽きてまた別のものに飛びついたり、電波芸者が集まってわいわいやるだけのバラエティ番組をみんなで口を半開きにして見入ったり、アホだと誰もが了解してる筈の芸人がトップ当選したり、民族差別がデフォルトになっていたり、原発がないと世界が滅びるぐらいの戯言をくそまじめな顔で語る専門家という人たちがいてみたり、まったくもって狂った世界。

世界がそれほど狂っているんだったらボクが少々狂っていようと関係ないw
って言うか、たいした問題じゃない。
大した問題じゃないどころかボクの思い描く世界のほうが皆の思惑で作られたこの世界よりもよほど幸せで楽しい世界だと確信している。

別にボクには何も成せないかもしれない。でも成せなくても為すことはできる。ボクは自分のことを過大視もしてないし、教祖になりたいわけでも王様になりたいわけでもなく、ましてや石垣市の市議や首長になりたいわけでもないw 為すことの結果に特段の期待もしてないし、その予想みたいなものもしていない。

やりたいことをやるだけ。ただそれだけ。
こうしたら楽しくなるのに。こうやったらもっと面白いことになるのに。
それ以外に生きる動機が見当たらない。でも最高の動機だと思っている。

ボクが生きる世界はボクの思惑でできている。それはボクの思惑でしか成立しないし完結しない。別に完結しなくとももよいのだが、なんであれ、ロクでもない連中の思惑に苦しめられるのは、もうごめんだね。













| 10:41 | - | comments(0) | trackbacks(1) |
なぜ下書きばかりが溜まるのか。更新はなかなかしないくせに。旅について書いた文章を例証として挙げてみる
 ボクのブログの書き方には癖があって、何も構成を決めずに書き出すと、書き進めるうちに大枠とかテーマとかベクトルなんかを10mぐらい横に置いたまま話が細部へ細部へと降りて行こうとする。例えば旅について書くとこんな調子。

                             

ボクは旅に出た。
パキスタンエアラインに成田から搭乗して一路タイランドを目指した。

で、タイランドの空港についてボクは驚いた。やばい事になったと天を仰ぎかけた。なんとなれば空港内の施設表記が全てタイ語と英語だけだったからだ。これでは日本語しか操れぬ上にその日本語も少なからず怪しいボクのごとき浅学の者にとって路頭に迷えと言われているに等しい大ピンチな状況であり、ま、ありていに言えばボクは最初の飛行機を降りた途端にたいへんな苦境に見舞われたのである。

目をしかめ、眉間に縦じわを立て、くちびるなんぞを噛みつつ、これは困ったことになったとつぶやいてみても、これが若くて美しい婦女子ならともかく、三十手前の長髪のむさくるしい男をほいほい言って助けてくれる者などそう沢山いるわけはなく、然るべくしてパキスタンエアラインを共に降りた乗客数十名の中にそんな奇特な方はいなかった。つまり、何一つ解せぬ施設表記に囲まれた通路上にて、若干、足がすくみ気味となり、立ち止まって辺りをきょろきょろと見回すボクに声をかけるものなど誰一人いなかったのである。

日本語で書いてある施設表記を一生懸命ボクは探したが、そんなものは何処にもなかった。歩を進めつついくら探しても見慣れた日本語が見つかる気配すらなかった。飛行機を降りて三分と経たぬうちに驚きは困惑へと変わり、困惑はまもなく諦めへと変わろうとしていた。

既にボクはびびっていた。【やばい】と日本語の単語が頭ン中の4割ほどを占め、その占領地を更に拡大するべく【やばい】はボクの頭ン中で大暴れをやらかしていた。

繰り返すようだがボクは日本語以外の文字が読めないのだ。生まれて初めて海外の地を踏んだその瞬間に、小銃を構えた英国人とタイ人が目の前に現れて、扇子しか持たぬボクに迫ってきてる幻視すら見ようとしていた。

なにを大袈裟なと笑わば笑いたまえ。なんとなればボクが英単語でかろうじて理解できるのは中学一年生の授業で出てくるレベルのものであり、例えばそれはBEDとかHOTELとかLOVEとかSEXなんかの至極短いスペルのものばかりであり、間違ってもそのような英単語はここの施設表記の中には見つけられなかったし、仮にあったとしても長ったらしい英文の中にそれを見つけるのは困難極まりない作業であるし、それよりも何よりも小学生高学年が喜ぶような英単語をここで見つけたとしても路頭に迷うボクにとってはなんら意味を持たないのは間違いなかった。

一体全体これはどうしたことだ?
タイランドには幾多の日本の商社が軒を連ね、年間何百万人もの日本人が観光に訪れる国であり、その首都にある国際空港に日本語表記がないとは何事か。これが驚かずにいられようか。などと憤ってみたのは勿論照れ隠し。大体が高校の英語では中間試験、期末試験と連続で0点を修めたことのある無類の英語嫌いであり、ありていに言えば英語嫌いと言うよりはただ単に英語を苦手としているに過ぎないのであるけれど、降り立ったタイランドの国際空港でそんな過去のことを嘆いても省みても始まらない。

よしっ!ここは気を取り直して空港の出口を探そうではないかと歩き出してみるものの、巨大な国際空港の中の、それも飛行機を降りて税関だの入国管理だのに向かわねばならない身の上としては本当にこの方向に歩いて行ってそれら当面の目的の場所に辿り着けるのか否かまったく心もとなく、10mと行かぬうちに再びボクは不安に駆られて頭を抱え込みそうになる。『嗚呼、タイランドになんて来るんじゃなかった。否、それよりも何よりも、英語のひとつも使えぬボクのような奴が海外渡航なんかするべきではなかったのだ。無理だ。ボクはこの空港から出る事が出来ぬ。そう。そんなことはもっと早く気付くべきだったのだ。無念である…』そう。この時、ボクの身体は既に諦観と言う名の進行性の疫病に蝕まれていたのである。

諦観越しに見る景色は次第に色を失っていた。
共に降りた乗客たちが皆ボクを追い抜いていく。

そもそもが衝動の為せるわざだった。長い海外渡航に行こうとするものは、通常、英語の勉強をしたり、英語教室に通ったり、地図を買ったり、ガイドブックを何冊も買い込んだりして適に英語と接し、それを覚え、レストランで注文をしたり駅や空港の窓口で目的地を告げて切符の一枚も購入したり、風俗営業店で好みの女の子を指名したりするぐらいの英語力を身につけてそれから海外渡航に出るものと聞き及ぶが、ボクはと言えばガイドブックの一冊どころか一頁すら持たず、本屋でそれらしい本を立ち読みすらしたことがなく、だいたいが海外渡航用の国別ガイドブックなるものが存在してることさえ知らないと来ている。

まったくもってひどい体たらくだ。こんなふざけた海外渡航者がいていいものだろうか?俺は海外に出ちゃいけない人間だったのかも知れない。そうだ。そうに違いない。俺はこのまま入国管理局の窓口にも行かず、税関に近寄る事もなく、まっすぐ日本行きの飛行機に乗り換えて日本へ戻るべき人間なのだ。そうだ。それがいい。それがベストな選択というものである。

それでボクは空港の外に出る事を早々に諦め、そう思うが早いか日本行きの航空機を探そうとしたのであるが、でかい窓の向こうに待機している何十機もの機体のうちのどれが日本行きなのかもさっぱりわからず、故国に引き返す事さえ容易ならざる事と知り、今やボクは諦観すら飛び越えようとしていた。つまり、

                               

と、まぁそんな調子で飛行機を降りたところから書きだしたものの何十行書いても話が先に進まず、どんどんどんどんと話がインナーワールドへと入り込んでいき、ひとつところから動かないままとなる。これがボクの癖であり、このようにして二進も三進も(にっちもさっちも)行かなくなった文章が下書きとして山ほどボクのPCには入っている。

こうしてブログ西蔵電気筆録はなかなかアップされないのである。
ま、言い訳というか、なんと言うか…



| 09:49 | Nothing! | comments(0) | trackbacks(0) |
八重山UFO協会設立要綱
原発が爆発?いえいえ、爆発じゃなくて爆発的事象でございます。え?メルトダウンなんかする筈ないでしょ。あ。やっぱりしてました。メルトダウンしてました。ついでに言うとメルトスルーもしてました。放射能は安全である。原発なくして経済の繁栄なしでございます。2号機の温度が上がってるように見えますが、あれは温度計が壊れておるのでございます。安心するがよろしい。食品が汚染されてる?何をおっしゃいますか。500ベクレルまでは安全なんですから憂慮には及びません。ヨーロッパの基準は一桁少ない?あれはヨーロッパの連中が神経質なだけでしょ。気にする必要はございません。

と、まぁバカバカしき事のオンパレードが大手を振って街の真ん中で挙行され、まかり通っている平成の日本でございますが、どうせバカバカしいのならばUFOだってありじゃございませんか。ね、そうじゃございませんか。と言うわけで八重山UFO協会を設立させましたのでここにご報告させていただきます。

平成日本が陥ったバカバカしき閉塞状況を打ち破るために私はUFOに期待したいのでございます。考えてもみてください。UFOを飛ばすような方々ならば、イスカンダル星人よろしく放射能除去装置のひとつぐらい持っているかも知れないし、つまりそれは我々を遥かに超えた英知の可能性を示唆していることに他ならず、私はUFOに一片の期待を寄せるべく、八重山UFO協会会長に就任した次第。

無論、バカバカしいと後ろ指をさされるのを承知の上でございますが、冒頭申し上げたようにUFO論争をはるかに凌駕したバカバカしいことがフツーにまかり通っている世の中でございますから何も怖くはございません。さ、みんなで輪になってUFOを呼びましょう。いでよUFO。いでよ異星人。その姿をはっきりと我々の前に現し、そしてバカバカしい政府やバカバカしい連中に翻弄され続ける我々小市民に救いの道を示したまえ!

と、まぁ輪になってUFOを呼ぶ気は本当は全然ないのですが、バカバカしい現実に対するカウンターカルチャーとしてのUFO協会がひとつぐらいあってもいいんじゃないか。私はそのように考え、そのように行動する所存にございます。敬具。

なんてわけで、八重山UFO協会は会員募集中です!
連絡先はEmail  captain.sunagawa@gmail.com
または0980-87-8283(Tデザイン社)へ

ちなみに当協会の活動要旨は何ひとつ決まっておりませんw
自由です。それが八重山UFO協会なのでございます。
| 09:24 | 立派な大人のための童話 | comments(6) | trackbacks(0) |
裸の王様。笑われるべきは実は王様ではなく、王様は裸であると笑っている家来や民衆のほうかも知れない【後編】
 裸の王様が笑われるのは、馬鹿には見えない服であるという仕立て屋の言説を真に受けるからであり、つまりはそれって端的に言えば 王様をして有り余るほどの地位だの名誉だの財産だのにあぐらをかき、碌でもない商売人のセールストークさえ正しく断じることが出来ないあきめくらの如き設定になっているわけだけれども、じゃ、仕立て屋に騙されて裸で練り歩く馬鹿な王様に苦笑するしかなかった家来の連中や、隠れて笑った民衆はお利口さんなのかと言えば全然そんなことはなくて、馬鹿な王様を支配者としてこぞって担ぎ上げ、自由に笑うことも出来ない卑屈な存在ではないのだろうかと感ずるわけです。

更に言えば、王様が裸である事を指摘したガキンチョはパンツ一丁で誇らしげ歩く王様を見て『おおお〜!王様はなんて斬新なんだ!なんてアナーキーな人なんだろう!かっこいい!ブラボーだよ王様!でも、馬鹿な大人や教師にはあのかっこよさが理解できないんだろうな。ったく、斬新なる裸の王様見ていちいち固まってんじゃねぇよ。愚鈍どもがっ』なんて思った可能性大だし、ま、そこまで言わずとも実は子供は『おおお〜、裸で歩いてるよ王様!いいなぁ〜!オレも裸になりたいなぁ〜!オレら子供の裸になる自由を奪うのは王様かと思っていたが、どうやら思い違いだったみたいだな。ファックなのは王様じゃなくて町の大人たちだったんだ!裸の王様を見てやっと気付いたぜ!!」なんて思ったであろうことは想像に難くありません。

つまり笑われるべきは裸になった王様ではなく、王様の裸体に卑屈なまなざしを送るしかなかった家来や民衆のほうってわけ。

まだ洗脳も矯正も抑圧もされていない子供の目に映ったものこそがより素の現実に近いものなのかも知れません。私たち大人の目はいちいち曇っています。自由に笑い飛ばすことさえ叶わないのです。誰かにおもねり、誰かに合わせ、嫌だろうと気が向かなかろうと誰かが決めたことに口をつぐんで従います。私たちが見ている現実とはそういう行動が前提で成り立っているのではないでしょうか。

裸の王様。なんとも悲しく切ないお話。






| 16:34 | 立派な大人のための童話 | comments(0) | trackbacks(0) |
裸の王様。笑われるべきは実は王様ではなく、王様は裸であると笑っている家来や民衆のほうかも知れない【前編】

私たちが生きる社会は本当に現実のものなんだろうか?

って何か哲学的なことを言ってやろうと思っているのではなくて、ボクは唯単純に『現実』と皆が呼ぶものを疑っているのです。何を疑っているかと言うと、ボクはその現実なるものが何か実体を伴ったものでもなく、普遍の価値あるものでもなく、実は結構しょーもないファンタジーではないかと疑っているのです。

例えば【死】についての現実。
私たちは社会的にも心情的にも『死』を怖れます。少しでも死なないように心掛けたり、念じたり、誰か神様や教祖様のお力添えにより死を遠ざけてくれるようお願いしたりもします。ま、もう末期ガンであることが発覚しちゃって死を遠ざけるのが無理ならせめて安らかに死なせてくれと懇願したりもします。

私はそれがおかしいなどと言ってるのではありません。死を遠ざけようと願ったり、死を穢れと感じたりするのは至極当然だと思います。

はい。ここでおそらくはほとんどの人が『そうそう。当然でしょ、そんなの。誰だって死にたくないんだから』ぐらいの事を思いつつ、私が提示した「当然」という文言に頷いてくれた事と思いますが、死を避けるのが当然という現実がここにあります。

そう。現代に生きる誰もが死を避け、死を怖れ、死にたくないと願っている筈です。ま、中には死を怖れぬ極少数の変わり者はいるでしょうが、おおむね私たちは死を忌避します。

しかしながらよくよく思い出してみましょうか。
我らはホモサピエンスなる高度な霊長類へと進化を遂げ、その人としての黎明期がいつであるという学術的命題に未だ答は出ていないのでおおよそのところに線を引き、ま、仮に300万年前にアダムとイブが誕生していたとすれば我々はそこから1億2千万世代以上を経てきたわけで、その総数は何千億人か、もしかしたら何兆人にもなる筈です。そして3,000,000年の長きを渡ってきた人類の総数である何千億か何兆かの人たちは皆、誰一人の例外なく死に至っているのです。


おかしくはないですか?
私たちは死は遠ざけるべきものであり、怖れの対象であり、忌避すべきものであり、死を克服することを望むのは当然であるぐらいに思っている現実がすっかり定着してるわけですが、今日に至る1億2千万代のご先祖様がことごとく死んできたように我々もまた100%確実に死にます。それなのに何を怖れることがあるのでしょうか?

びびろうと、泣こうと、わめこうと、例外なく誰もが死ぬのに何故びびったり、泣いたり、わめいたり、取り乱したりするのでしょうか?どうしてそれが現実という事になっているのでしょうか?いつからそれが定着したのでしょうか。どうして我々は少しでも長生きしたいと願うのでしょうか。考古学などによれば黎明期の人類はとても短命だったようだし、たかだか200年前でも平均寿命は50歳前後だったわけで、それらの事実を踏まえれば我々は死を怖れるからこそ寿命をどんどん延ばしてきたのかも知れませんが、伸ばそうと引っ張ろうとどうやっても我々は死にます。

確かに死はしばしば深い悲しみを伴います。ある日 突如として大好きな人が目の前からいなくなるのは誰にとっても大きな痛手として心に刻みこまれることでしょうし、そのような悲しみや哀れみを避けようとするのは仕方のないことだと思います。

しかしそれでも万人は必ずや死にます。病気か事故か老衰かはともかく誰もが例外なく死亡します。乞食であろうと王様であろうと政治家であろうとワーキングプアであろうと卑劣な野郎であろうと正義の味方であろうと死は等しく訪れます。

ならば私は死を忌避するのではなく万人が死生観を持つべきではないかと思ったりもしますが、それは本稿のテーマと関係ないのでまた別の機会としますが、ともかくも我々はびびる必要の無いものをびびり、怖がる筋合いではないものを一生懸命に怖がっているのではないか。私には現実がそういうものに見えるのです。

ま、しかし死についての考察もあくまで喩えの一つにすぎません。私が本稿で語ろうとしているのは現実とは何かと言うことであり、天邪鬼たる私が天邪鬼を続けるのは多くの人が現実として疑って掛かろうとしないものを疑い続ければこその天邪鬼であるわけです。

と、いうことで少々長くなってきたので続きはまた次回。
| 10:23 | 立派な大人のための童話 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012ハツユメ
 半裸のクロノグラファーたちがその長い肢体を官能的にくねらせたり伸ばしたりしながら屹立する往来にはやたらと人がひしめいているのに、細く狭い路地を一本曲がれば塵芥をひっくり返したかの如き都会の風景がそこにあって、初夢とは言え俺はまた随分とベタな設定を考案したものだなぁと自戒的に少々照れるも、やはりそれが現実感と既視感のボリュームの為せる業と俺は納得せしむるのであるが、そうこうしていうちに路地の向こう側に現れたる三名の人影が壁の如く立ちはだかるから元来が気が強いほうではない俺は手のひらが汗ばむのを覚えつつ今来た路地を戻るしかなかった。

そう。俺は監視対象なのだ。
否、監視対象なのだと言い切れる確証を得ているわけではないのだが、日頃の懸念の数々を振り返るに監視されていると推察するのが適宜であり妥当なのである。パーソナルフォンを使えば雑音が混ざり、パーソナルフォンの回線が本来行うべきではない経由を裏付けるようにしばしば勝手に切断するし、自宅の付近には見慣れぬ設備屋だの営業マンだの福祉相談員だのが昼夜を問わずうろついている。加えて、ツイッターを使えば俺のアカウントは、ツイートのひとつもしていない奇妙なアカウント群からフォローを受け、フェイスブックからはライン生産されたお面の如き顔写真と如何にも嘘くさいプロフィールをアカウントに貼った見知らぬ人たちから毎日のように友達申請が入って辟易するばかりなのである。

ま、確かに得体が知れないと言うだけで監視側の連中ではないかと疑う筋合いもないのかも知れないが、同じく信用する義理もない。俺は見えるものしか触れるものしか信用しない。だからこそ警戒をされるし監視も受けるのだろう。不穏分子として。

しかしながら不穏分子と見るのは向こうの勝手であり、こちらとしては至極真っ当なことを述べ、真っ当なことを考え、真っ当なる日常を送っているに過ぎないのであるから不穏分子のレッテルを貼られて気分良いわけがない。

では気分が良くなる為にはどうしたものであろうかと俺は考えた。
来る日も来る日も考えた。しかしながら下手の考え休むに似たりであるからいつまで考えていても仕方がない。仕方ないから俺はあまり考えずに行こうと決め、ここはひとつレッテルを貼る人たちの望む者になるのがよかろうと居直り、それで俺は確信犯であるということになったのだけれど、本当は気の弱いただの正直者に過ぎないのは言うまでもない。監視されるのも警戒されるのもお門違いも甚だしいのである。

とは言え、自由なつもりの俺もまた囚われていることに相違なくば解放を求めるのは筋っちゃー筋であるから、俺はひとまず抑圧の象徴であるところのクロノグラファーの解放を実現すべく立ち上がった!

否、立ち上がったのではなくて立ち上がろうとしているというのが今年の初夢であり、解放を実現するためのパワーも武器も暴力装置も権力も何一つ持たない俺は街角に立つクロノグラファーたちに話し掛けるという戦法に出たのだ。ありていに言えば『説得』という行為であるわけだが、現行の法律では説得どころかクロノグラファーたちに声をかけるのさえ罰金100万円以下 懲役3年以下に処せられる重大なる違法行為であるから説得を試みるなんて一介の無辜の市民に過ぎぬ俺には命がけにも等しい行為に相違なく、路地を抜け出した俺は適宜選んだクロノグラファーに近づき、辺りを見回し誰もこちらに注目していないのを数回確認しつつ何気なさを装ってクロノに話し掛けた。

クロノグラファーとは俺の初夢に出てきた時間を体現し具現する者たちであり、史上もっとも優美で官能的な時計人間の通称である。クロノグラファーこそが子供たちの憧憬の最大の対象だった。

俺は意を決して一人のクロノに話し掛けようと口を開けたその刹那だった。背後から「おいこら!貴様!」と怒声が発せられたから俺は振り返りもせずに駆け出したところで今朝目が醒めたという次第。

変な初夢だなぁ。
こんな変なの見るのは俺が変ってことなのかなぁ。
多分…そうなんだろうなぁ。



ということで皆様。本年もひとつよろしくお願い致します。

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そこに野良猫がいるようにオバケも又そこにいる

十数年前。旅の足を止めて石垣島に居つくようになった時にボクは島の人たちとの会話の中で気に留まった事がひとつあって、それはオバケに対する彼らの認知認識についての在りようでした。

例えば当時のボクなどは無神論者を自認自覚し、文部省的教育を全身に浴びて少年期青年期を過ごした甲斐あってか見事に科学的で合理的認識を是としていたぐらいだから「オバケ?はぁ…いや、別に、あの、なんちゅーか、居るとか居ないとかさえ考慮に値しないんじゃないでしょうかね。ま、オバケが居ると思いたい人は思えばいいんじゃないの?ただの一度たりとも俺の目に見えないものをやっぱ居るとは言えないわけでさ」などと主張して胸のひとつも張っていたのだけれど、周りにいる島の人たちはそんな俺の言葉なんぞはまったく耳に届かないらしく至極フツーな有態で「いやだ、怖い!」だの「ダメダメ、あそこは出るから近づいたら絶対ダメよ〜。連れて来たらマズイからよ」とか「え?それやっぱ女の幽霊だった?うわ。やっぱそうなんだ。髪の毛長いやつだったでしょ。ね」みたいにオバケについて多くの島の人が語ってくれるし、島の人たちのオバケについて認識はおそらく西暦2012年、平成24年を明日に控えた今もそう変わっていない。

つまるところ、ボクにとって無駄話のネタにさえしないものが、彼らの間では話の大前提として『オバケとは実在するものである』『そこに野良猫やカラスがいるようにオバケもまた普通にそこに居るのである』となっている事を知るに及び、ボクは決して小さくはない驚きを覚えたわけです。

ここで誤解しないで欲しいのですが、ボクは島の人たちの頭ン中が科学的でもないし合理的でもないとか、現代的教育をおろそかにしてきたゆえであると訳知り顔で指摘してやろうと言うのではありません。

島の人たちにして現在の壮年以上の方々はともかくそれ以下の年齢の人たちは、ボクと同様に文部省(現・文部科学省)的教育の洗礼を受け、合理的で科学的であるモノの子弟であり、復帰後 国家によって引かれたレールの上を走る事を受け入れてきた筈であるから、仮に全国学力テストの点数に若干の差があろうともそんなものは大同小異。国家や体制という視点から俯瞰するに誤差程度のものでしょう。

つまりは、同じ教育を受け、同じテレビ番組を見て、似たり寄ったりの食生活をし、本土生活者と様式に差のない家電や車や家や財産を欲している人たちとの間でオバケに対する認識に斯くも差異が生じるのは何故なのか。北海道や東京や大阪や他府県にいる友人知人のその件についての認識を思い返してみても大方のところではボクと認識にそう大差はないでしょう。ま、中には霊感があるとか高いとか感じるとかいう方も若干名いるものの、例えばその場に不特定の十名からの人がいて、十名全員がオバケの存在を前提にして会話をしたりはしませんが、石垣島界隈に生まれ育った人の多くはやっぱりオバケの実在はデフォルトであり前提であり初期設定値であるわけです。

では、そのオバケとはなんなのか。

合理的で科学的思考を善しとし、文部科学省的教育を甘受してきた(いや。ホントは抗ってばかりだった気がしますがw)無神論者のボクなどにはまったく感知できないものであるのに石垣島の人たちにはその存在性を疑うべくもなく、論ずる意味も評する余地もなきオバケとは一体なんであるのか。

果たして彼らには見え、ボクには見えないものとはなんであるのか。おそらくそれはオバケだけに限った話ではなく、他にも多くのものが両者の間では見え隠れしている筈です。
けだしそれらはこうも言い換えられます。

彼らには触れてボクには触れないもの。
彼らには聞こえてボクには聞こえぬもの。
彼らには笑い飛ばせるのにボクには気に病んで仕方ないもの。
彼らには悲しくて仕方がないのにボクにはなんら感じ得ないもの。
彼らはずうっと大切にしてるのにボクはとうの昔に捨て去ったしまったもの。

命題だけずらずらと並べたもののそれらの解答欄に入るべき言葉にボクは実はあまり興味がありません。たくさんの方が解答欄に答を書き込もうとこの地を訪れたり、この地に移り住んだり、また他所を土地を旅したりしているようですが、暗記一辺倒の入試批判じゃないけどボクにとって答はどうでもよくて、それよりも気になって仕方がないのはそれらの差異が何故に生じてしまったのかという事なのです。

十数年前のボクに疑問を投げ掛け、これまでぼんやりとしかわからなかったものが最近になってようやくわかってきました。そして案の定と言うかなんと言うかわかってみればさしたる事でもなく、それは認識方法の差だったのです。ありていに言えばボクと島の人たちと両者のあいだに生じた差異は尺度の差、ものさしの差であったと、つまるところそういう事になります。

既に書いたようにボクのものさしは十数年もの長きにも渡った学校教育が主たる製造工場であり、そのものさしの上っ面には合理性追求科学的ものさしと印刷されています。一方、島の人たちは同様の学校教育は受けているものの彼らが持っているものさしは実はそこで作られたのではなくて、至極密度の高い対人関係性によって生成されたものであり、多くの場合それは文部科学省的教育を受ける以前の幼少期に作られているわけで、合理的思考だの科学的見地だの小賢しき原材料の混入率は最小限に留められています。

じゃあだからと言って石垣島的ものさしが実は優れていて、ボクの持っている合理と科学がごっちゃになった硬直したようなものさしが駄目なものと結論付けたいのかというとそうではなくて、例えばタイランドの山奥に行けばまた別のものさしで生きている人たちが居て、インド洋で魚を釣って暮らしている人たちにも又違うものさしが在って、更に言えば魚を釣っている人たちの間でも使っているものさしには少しずつ変異とか差異とかがあるという事に他ならないわけです。



果たしてボクらは他の人のものさしを否定したり批判したりすることに汲々となってはいまいか。科学的で合理的なる認識が絶対だと思い込んではいまいか。死に物狂いで努力すれば、人より何倍も頑張れば、そのあとにハッピーエンドが待っていると信じて止まずにはいまいか。

所詮はそれもたった一つの認識の扉に過ぎぬのに



みなさんよいお年をお迎えください。


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