Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌改め、ドイツはミュンヘン市に居を移して発信する

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敵を知る。そして己を知る。それで百戦危うからずかどうかは知らないが、戦い、生き延びられるか否かは知るしかない。『松井博 著 企業が「帝国化」する』を読んで
国家=為政者、もしくは支配者という構図は資本主義社会においてとうの昔に崩れているのではないか。国家なんぞは帝国化した企業の走狗と化しているのではないか。

今回、松井博さんの著書を読み進めながらボクはそう痛感した。本当はそんなことはわかっている筈だった。でもボクの頭の中は知見と感情が交錯して、交錯して色んな事がとっちらかっていて国家の実態を見誤っていた。皆が政治と政治家の無能さを口を極めて批判している隙に一握りのグローバル企業がボクらの生活の根っこを押さえ込み、ボクらは既に抜き差しならぬところにいるのではないか。

ま、国家というものが暴力による支配を是としている事は間違いないところだし、法律や教育プログラムによって一定の拘束をボクらに掛けているのは確かだ。しかしながら政治家は基本無能である。与党野党を問わず各政党はおバカさんの集まりであって、烏合の衆とは国会議事堂に集まる方々を指しているのだとボクは思っている。

そう。政治家が国を社会を動かしているのではない。官僚が動かしているのでもない。彼らには動かす能力あっても必然性はない。彼らは基本的に公僕で、公僕とは実に無責任でいられる。責任など取る気もないくせに動かしているのは俺たちだという尊大な思い上がりだけは人の10倍ぐらいある。結果を求められない仕事をしてるんだから、ま、そんなものでいいのだろうが、求められても責任を負う気の欠片もない彼らに社会をドライブさせることはできない。出来るのは精々がデフレスパイラルか経済不況か自殺大国をつくるぐらい。

じゃ、何が社会をドライブさせているのか言えば公僕以外の人であり、公僕も人も金を求め、便利で豊かな暮らしとやらを求め、だから働き、モノを買い込んでは消費し、また働いて消費する。そこに企業が目をつける。「よっしゃ、じゃ、たくさん消費してもらおうじゃねぇの」と。

例えばPC。これを悪と断定することを比較的簡単で、PCがなくても確かに基本的には暮らしていける。だが、もはやPCなしに大半の仕事は成立しない。製造も流通も販売もそのシステムはPCによって制御され、もし明日世の中からPCが一台残らず喪失したらボクらの生活は破綻する。

で、そのPCを作ったのは国家ではない。私企業である。その企業はただ作って販売するだけではなく、自分たちの商品であるPCがなくてはならないものとする為に金を使って政治家と官僚を丸め込みんではIT関連の事業に予算をつけさせ、広告代理店と組み、PCを使えば便利で豊かな生活が実現できると大々的に喧伝し、何十年もかけて経済システムの大動脈を押さえ、今こうしてPCなしに世の中の多くの仕事が成立しない現実を作り上げた。

こうなるとボクらはもうPCを買わざるを得ない。PCを製造販売する企業の思惑通りにハイスペックマシンや次々と新しいテクノロジーを盛り込んだマシンを買い続けなくてはならない。

とは言え、こんなのは企業がドライブさせてる世のシステムの断片でしかなく、もっと詳しいことは松井氏の本に書いてあって、氏の本を読み進めつつ正直ボクは絶望的な気持ちにもなった。「がんじがらめじゃねぇか…」と。



簡潔に言えばボクらには二通りの道しか残されてない。企業がドライブさせる社会に背を向けるか、それとも敵の懐に飛び込むかの二通りだ。

背を向けても生きてはいける。等身大の自分として、便利にも豊かさにも惑わされず、企業がドライブさせる社会からちょっとだけ外れた空間を見つけて慎ましやかに暮らせば大丈夫だ。だが、全ての人がそんな意識を持てる筈もなく、多くの人は誰がどんな仕組みでドライブさせてるのかさえ解さないだろう。解さなければ戦いようはない。ただ、物言わぬ消費者として企業の思惑にそって暮らし生きるしかなくなる。だが、それを解すのならば企業の間違った思惑を正すことは可能だ。

企業が用意する消費させるシステム。それを解した上で背を向けるのか、それともそのシステムの只中に身を置いて、システムの欠陥やバグを正すのか。幸いボクらは言葉を持っている。先の喩えでいうならボクらはPCを使いこなし、リアルでもネットでも発言する機会を有している。背を向けてしまえば己は清く在るかも知れないが、企業の正邪入り混じった思惑を正すことは出来ないし、そうなればあとは企業のドライブは加速度をつける一方だろう。

背を向けようと懐に飛び込もうと どの道ボクらは破滅に向っている。人は生まれた瞬間から死に向って突き進んでいるように、あるゆる生物種は絶滅する方向に顔を向け、一歩たりとも休まずに進み続けているのだとボクは思っている。ならばボクらがやるべきは死に絶えるその時が来るのを1秒でも1分でも遅らせる事なのではないか。生をまっとうするとはそういう事なのではないかとボクは考えているわけで。



で、どんな敵にも弱点はあるのだから、懐に飛び込んでも戦いようはある。懐に飛び込んだその身体を抱え込まれぬよう手を振りほどく術をボクらは持っている。戦い方はひとつじゃないし、交わし方も防御方もひとつじゃない。敵との距離を置き、ロングレンジなら多少は安全かも知れないが、敵もバカじゃないからロングレンジだからっていつまでも安全で安心とは限らない。敵は資金潤沢に付き長距離砲を用意してくるかも知れないし、リングそのものを大幅に拡大してくるかも知れない。

ボクは自分だけが清く潔くあろうとは思わない。ボクの中には確かに邪があって、自分の中にある邪に目を開き、邪を制御したい。それが出来るのなら相手の懐に飛び込もうともボクは抱え込まれない。相手の思惑を感じ、相手の攻撃を柔軟に交わし、ショートレンジでも交わして交わして交わし続ける。

それで交わし続けているうちにジャブぐらいは相手の顔に当てられる筈だからw

ま、ともあれ『企業が「帝国化」する』のご一読をボクはお奨めします。若い方々には特に。
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