Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌改め、ドイツはミュンヘン市に居を移して発信する

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師匠の系譜 〜 左ジャブはなんの為に打ち続けたのか 〜
ボクはかねてより若輩者のうえに未熟者であり尚且つ社会的弱者というか社会の底辺で生きてきたゆえ、今日に至るまでそれこそぷらぷらになったり、ヨレヨレになったり、グシャグシャになったりと結構大変だったわけで、ま、それでもなんとかやってこられたのは師匠のおかげであるとボクは真剣に思っています。

で、その師匠というのは実はたくさんいたりします。
そう。結構大勢。

ざくっと列挙するにカレーの師匠にデザインの師匠、人生の師匠、ソウルの師匠、大○の師匠、旅の師匠、料理の師匠、レコードを回す師匠、餃子の師匠、左ジャブの師匠、自転車の師匠など幾多の師匠のほかに自動二輪の師匠もかつて得ていた事があるのですが、自動二輪の師匠は公道を走り出すと道路交通法をほとんど守る気がない上に交通事故死上等!みたいな走りを身上とするあまりにハチャメチャな人だったので弟子がついていけずに師事した期間は至極短いものでした。

ま、ここに挙げただけで二桁の師匠がいるわけですから、これら個別の師匠との関係性やエピソードなどを書き出してしまうとそれこそ原稿用紙にして数十枚分は余裕で書けてしまいますし、読まされるほうも大変でしょうから自重しておきますが、はっきり申し上げますに現在のボクがボクとして成立しているのはこれら幾多の師匠の系譜なくしてはあり得ないわけです。

例えばボクは今たまたまデザインで食っておりますので、もしデザインの話をするとしたらデザインの師匠から何を教わってきたのかを避けて通れる筈もありませんが、一見デザインとは無関係に思える左ジャブの師匠やカレーの師匠なども実はデザインの話と密接に絡まっていたりもします。言ってしまえばそれが人生です。人生とは先の見えないもので、分かれ道を右に進んだからといって辿り着く先が右だとは限りません。なんて事を教えてくれたのは人生の師匠だったりしますし、はっきり言って何が何だかよくわからないままに46年の生を得て今日に至っているわけですが、ひとつ確実に言えるのはこれら幾多の師匠にボクは本当に感謝していると言うことです。

翻って周囲周辺を見渡すに今時の方々は、どうやら師匠をあまり得ていらっしゃらないように見受けられるのですが、ボクの思い違いでしょうか。

師匠から弟子への技や情報の伝達とは記号のやりとりなんぞではなく、まさにエネルギー変換の如きものです。ネットに転がってる情報やウィキぺディアなんかには計り知れない熱量がそこにあって、時に叱責されたり褒められたり怒鳴られたり賞賛されたりしながら弟子は大きくなり、師匠は師匠としての重責から解放されていきます。

ボクが申し上げたいことはひとつです。
師匠をもっていない方は是非師匠を持って下さい。

あなたのお歳がお幾つでも関係ありません。出来ない、知らない、それなのに出来るふりや知っているふりをするのはとても恥ずかしい事です。出来ないこと知らないことを師匠から教えていただこうじゃありませんか。ネットを調べ回ったってダメです。そんなもん糞の役にも立ちゃしません。伝達する上でやっぱ師匠と弟子の関係に勝るものはないのです。

でもさ、師匠なんか何処にもいないよとお嘆きのあなた。ご安心下さい。人は弟子を持った瞬間に師匠になるのです。子供が生まれてくるまで誰も親じゃないのと一緒です。だから『こいつ、スゲェじゃん!」と思ったら無理やり師事しましょう。強引に弟子入りしてしまえばいいのです。



という次第で本稿を終わりますが、参考までに書き添えておきますにボクは左ジャブの師匠から言われたとおり左ジャブだけを一年間打ち続けました。左ジャブを覚えようってくらいですからボクシングジムに通っていたわけですが、他のパンチは一切やらず、ただひたすらに左ジャブだけを朝から晩まで毎日何時間も打ち続けたのです。周りの先輩練習生の方々は若年のボクのことを少し頭のネジがゆるんだ小僧と思ったかも知れませんが、ボクはそんな冷たい視線にも一切構わず、ただ師匠の言い付け通りに左ジャブだけを練習しました。ジムだけでなく、家に帰っても左ジャブだけ。飽きもせず、キレもせず、ひたすら左ジャブ。いいかげん左肘を痛めたこともありましたが、それで更にパンチの打ち方を工夫したり、ケアしたりで克服し、当時中学生だったボクの打つ左ジャブは一年後にはそこらのプロ選手よりキレのあるパンチになっていたわけです。

で、それから右ストレートを又も一年間かけて覚え、左フックを半年かけてマスターしたところで高校生になり、進学してから新たに出会ったトレーナーが「なんだオマエは!高校一年生の打つパンチじゃねぇよ。すげぇパンチ打つな〜」と一発でボクのパンチに惚れ込んでくれて地元の高校選手権で公式戦デビューを果たすことになったのですが、試合数週間前になって顎を壊し、口が開かなくなってしばらく流動食生活をおくる羽目になったのです。この時に顎を痛めのは殴られたからではありませんでした。検査で判明したのは、先天的にボクの左顎の腱が弱く細いのだというボクシングを続ける上で致命的な欠陥でした。

無論その後もいろいろとあったわけですが、致命的な肉体的欠陥があるなら仕方ないボクシング止めるべ!と割と気楽に道を変えられたのは左ジャブを一年間黙々と打ち続けてきた故でした。うん、このパンチは俺のものになったという確証があったからです。それもこれも左ジャブの師匠がいればこその確証です。

師匠を持つ人生は強いのです。
| 11:44 | feel it | comments(0) | trackbacks(0) |
いい歳こいたオトナが決して本音を語れない稀有な国
きみンところは客商売なのだから強い主張は隠すべきとご忠告を下さる方がいて、ここんとこ何かと自己主張をする機会の多いボクなどはそういう方から見ると商売人としては外道に見えて仕方ないないのだろうなぁ。などと想像を巡らすも、翻ってそのような価値観と言うか自己規制と言うか商売人の規定こそが諸悪の根源なんじゃないかと思ったりする昨今。

いい歳こいたオトナが決して本音で語り合えないダブルスタンダード国家日本。この国じゃ公の場で政治や思想や信条を話題にするのはタブーだ。何故って、面倒臭い奴と思われると仕事に差し障りが出たりするし、大勢を支持しないってだけで左翼とか赤とかのレッテルを自動的に貼られるばかりでなく、ひどい場合はパンクやアナーキーの認定を受けてまともな仕事にさえ就けなくなるのは誰しも困るからだ。

更に言うと本音と建前の使い分けをちゃんとできないと立派な大人として認定されない仕組みなっている社会であれば、平素は建前の只中に身を置いて穏便なる態度にて暮らし、週末の酒席でのみ僅かばかりの本音の開陳が許される。例えばボクなどは建前は建前でちゃんと使えるものの平素より本音が垣間見える言動を抑えられない性質であるから世間からはほとんど犯罪者のように扱われているのである。そう。粗暴犯ではなく思想犯として。

あれ?ここって日本だよね。北朝鮮じゃないよね?
おかしいなぁ…

なんて皮肉を言うのは止めましょう。
思うのですが、客商売だから主張は隠すべきだとか社会的立場があるから本音を言えないとか、その逆に学生だから好きなことを言えるなんてことをさも当然のように言ってる社会はとても未熟で幼いと言わざるを得ないでしょう。だってこの国の主権は誰にあるのでしょうか?国民ですよね。間違っても菅直人にあるわけでもなければ仙谷や岡田や枝野にあるわけでもなく勿論自民党や公明党にあるわけでもなく間違っても東電幹部や経団連にあるわけでもありません。

ボクら一人ひとりが考えて動かなければ誰が動くのでしょうか。主権者が考えることを放棄して誰が考えるのでしょう。週末の宴席にてアルコールの勢いを借りてへべれけなる抑揚で語った僅かばかりの本音は有効でしょうか?

ボクはそうは思わない。日頃から考え、心情を吐露し、多くの場面で意見や思想や哲学をぶつけたり補強しあったりすればこそそれらは鍛錬され、強靭な力を持つに至るのです。酒の席で吐く上司批判や社長批判も確かに本音でしょう。しかしそれだけで終われば単なる陰口に過ぎませんが、一つの批判を周囲がきちんと受け止めるならばそれはまもなく有効な業務改善意見となり得るのです。

なればこそボクは多くの人がフツーに思ってること考えてること悩んでること哲学してることをフツーに言葉に出来る社会環境であって欲しいし、それが社会として成熟したカタチだと信じてもいます。ボクらの社会がこのまま建前で本音を隠蔽し続けるならば国民主権など単なるお題目に過ぎず、いつまで経ってもバカな政治家と私腹を肥やすことにしか興味がない経営者たちにいいように振り回されて我々は泣きをみるばかりでしょう。いつまで経っても。

別に本音を吐いたから客商売が成り立たなくなるなんてボクは思わないし、実際に自営業者であるるボクは意見や主張の異なる方の注文だって普通にお受け致しますし、その逆も又あります。勿論、中には意見の異なるボクに仕事を振りたくない人だっているでしょう。でも多くの人はそんな愚かでも短絡的でもありません。意見や考え方が少々異なるのと経済を回しながら同じ社会で生きていくのは容易に両立する筈なんです。意見が異なることを即排除とか短絡的に結びつけることこそが幻想であり、でもその幻想こそが今の日本の社会状況を作ってるとしか断じ得ません。

はっきり言いますが、いい歳こいたオトナがまともに(しらふで)政治も本音も語れない国なんて日本と北朝鮮、中国、ミャンマーぐらいのもんじゃないでしょうか。言うまでもなく北朝鮮や中国と同列なんて恥ずかしい。恥ずかしくて恥ずかしくてこれを表沙汰にするわけには行かないから隠蔽しときましょうかね。

おっと、また皮肉が出てしまいましたw
ま、でも、前向きな皮肉につきどうかお許しを。
(前向きな皮肉って意味がよくわかりませんが)


しかし、ま、なんで我々は意見が異なることを斯くも恐れるのでしょうか?
不思議です。


| 09:55 | feel it | comments(2) | trackbacks(0) |
希望こそすべて
はたして絶望と言う名の国に住む我々が希望を抱いたりするのは許されないのだろうか。ああ困った困った。

ボクは学業でもすっかり落ちこぼれ、良い学校にも進めなかったし、大きな会社にも入れず母が強力にプッシュしてくれた公務員にもならなかった。嗚呼、困った困った。たいへんだ。

ボクは大した絵が描けるわけでもなく、球速160キロのボールが投げれるわけでもなく、ギターを弾かせてもFコードがちゃんと押さえられない。このままじゃボクの一生は碌でもない人生でフィックスだ。ああヤバイ。困った。困っちゃいるけど取り合えずどうしたらいいのかわからないのでわからないままに旅に出よう。

そういう感じで若き日のボクはユーラシア大陸に渡ったのだけれど渡ってみて驚いた。ボクが見た多くの国々には当然ながらものすごい数の人たちが生きていて、その多くは、人生から落ちこぼれて弱り果てている筈のボクなどよりも更に碌でもない暮らしぶりなのだから。

定職などあろう筈がなく、家は狭くてボロボロ。着替えの服なんか持っちゃいない。文句のつけようもないぐらいパーフェクトなまでのその日暮らし。明日のことなど訊かないでくれ。訊かれても答えようなんかある筈ないだろって感じだ。

ま、同様の人たちはチョンガー(独身)なら絶望の国の民にも一杯いるけれど、大陸で出会うそれらの人には老若男女の別がない。自分が生まれた町から一歩も出たことがないなんて人だって大勢いる。無論それは自分の意思で出ないのではなく、移動する金も自由もないから出られないのだ。

で、絶望国ではそれらの人々はホームレスとか派遣労働者とか呼称されて特別枠の扱いみたいになっている。ま、要するにそんな彼らは一般国民の只中にあってあくまで極少。例外的に取り扱っても特に問題なかろうみたいな空気がそれ以外の国民の中には流れている。

で、同様にボクが大陸で逢ったその日ぐらしの人々も間違いなくそれぞれの国の社会の底辺に生きる人たちであるわけだけど、彼らの数は全然極少なんかじゃなくて多数派だったりする。つまり、そんな暮らしがわりと普通のことだったりするわけだ。ま、何度も言うが、それらの人々は底辺であることは確かで、もっと良い暮らしぶりの人たちだって大勢いる。でも我々絶望国の底辺サイズに比するに他の国々の底辺は格段にでかい、広い、大きい。

そんでもってボクが驚いたのは、そのでかくて広くて大きな底辺に生きる彼らの多くが希望を持っていたことだった。糞みたいな暮らしぶりのくせに彼らは一様に希望を語るのだ。いわく。今はこんなおんぼろの家に住まなきゃならないけれど俺は近いうちに都会に出て、必ず成功してみせる。そして、でかい家を建てて、高級車を乗り回し、母ちゃんや子供たちに美味いものを腹いっぱい食わせてやるんだ。みたいな事を顔一杯に笑みをたたえてボクに滔々と語ってみせるのである。
ishigaku.jpg
ま、正直なところボクは驚いた。何度も驚いた。あちこちで驚いた。
だって一介の旅行者であるボクなどから見ても彼らを取り巻く生活環境や社会制度のどこにも希望の光なんか差し込んでるようには見えなくて、探せなくて、どうやっても彼らの言説は単なる強がりとしか聞えないのだから。

さりとて希望を語る彼らの目は絶望した人のそれではなかった。

そう。彼らは間違いなく希望を持っている。一度手にした希望の欠片を彼らは決して手放さないのだ。それがどんなに実現性の低いものだろうと、細くて小さな光線だろうと彼らは簡単には諦めない。それでボクは考えた。彼らには本当に希望が見えているのだろうか。否、元より希望とは見えたり見えなくなったりするものではないのだろうか。実現性とか確立とか可能性の多寡の問題ではなく、希望とはそれを持つことで我が身を奮い立たせてくれたり、自分や家族や仲間を鼓舞してくれたり、良い気分にさせてくれたりするものなんじゃなかろうかと考えたのである。

回りくどく言うのは止そう。
ボクらには希望が必要なんだ。
いつだって何処だって必要だ。

希望を手放すのが絶望ってことで、絶望なんかした日にはボクらは誰も生きていけない。希望だけがボクらのエンジンを回してくれるスペシャルな燃料だ。誰が希望を根こそぎ奪いに来ようともボクは握りしめた拳の中にそれを隠し持つぜ。

希望を語ろうじゃないか。
地震が来て、街が壊れて、家がなくなり、家族も友だちもいなくなってしまった。核の不安も日増しに大きくなっている。確かにひどいことだ。悲惨なことだ。でもこう考えてみようよ。絶望しかけていたボクらに希望を語るための絶好の機会が与えられたのだと。
| 08:21 | feel it | comments(0) | trackbacks(0) |
この国の名前は絶望
hittler.jpg 
日本の年間自殺者は公に3万人なんて言われているけれど、その3万人の死者を自殺とする定義はとても狭義で、実際にはわが国の年間自殺者は3万人どころじゃないようだ。じゃ、どんなふうに狭義なのかと言うと、統計上自殺とみなされる為には死に際しての遺書がなくてはならず、なおかつ自殺行為から24時間以内に死亡した場合しか自殺とカウントされず、明らかに自殺とみなされる場合であっても遺書がなかったり、すぐには死ねなくて瀕死のまま3日ぐらいしてから死ぬと事故死扱いもしくは変死なんてカテゴライズとなってしまう。

遺書がなかったりすぐに死ねなかったりして事故死や変死扱いとなっているうちの半数を自殺とした場合にその数は10万人ともなる。

ま、仮に年間自殺者数を10万人としよう。で、その10万人は何故自殺したのか?人生や仕事に躓いたから?それとも人間関係がうまくいかないから?借金?病気?いやいや、そんなんじゃなくて単に心が弱いからなのか?挙げられる理由は幾らでもあると思うけれど、要は彼ら10万人の自殺者は絶望したのだ。

そう。絶望。

つまり希望の反対。心が弱いから絶望したんじゃない。希望がどこにも見当たらないから絶望したんだ。10年も20年も30年も40年も半世紀も生きてきたのに希望のひとつも知らないなんてボクとしては俄かに信じられないのだけど、この国で毎年自殺する10万の人たちは間違いなく絶望している。

例えばボクらは義務教育ってのをほとんどの人が受けている筈だけれど、6−3−3と12年間の長き期間を経ても尚誰一人そこでは希望なんてものは教わらない。そこで教わるのはただ二つだけだ。一つは受験という試験のための学業であり、二つ目は社会生活を健全に送るための自己抑制の方法だけだ。この二つ以外はゴミみたいなもんだろう。ま、体育や美術や音楽ってのもあるにはあるが、これらの道へ進む場合、学校で習ったものなど屁のつっぱりにもなりゃしない。

そう。希望なんてものをしっかりと教えてくれる教師や学校は世の中に存在しない。

ここで一つ間違っちゃいけないのは夢と希望の違いだ。
夢を語る野郎は世の中にいくらでもいるし、そういう勘違いした教師だって大勢いるだろう。本来の意はどうか知らないが、我々の社会一般で現に使い回されている夢とは要するに欲得だったり我欲のことだったりする。例えば世界的なダンサーになりたいでも、一流企業の商社マンになって世界中を飛び回りたいでも宇宙飛行士になりたいでもよい。なんであれそれらは我欲を夢と言い換えているに過ぎない。

つまり希望なんかじゃない。「夢をあきらめない」なんて我々が頻繁に耳にする台詞があるが、その夢の中には希望なんてこれっぽっちも含まれていない。そこにはひたすら我欲があるだけであるから夢が破れた後に残るのはやっぱり絶望だったりする。たとえ夢が破れてもその後に希望が残るならばボクらは誰も絶望しない。

むしろ希望などは世の中に存在しないのだと教わってきた気がする。良い学校に行けなかったら落ちこぼれになるしかないのだと刷り込まれ、よい会社に就職したり公務員になれない奴は碌でもない人生に直面することになるだろうとひたすら脅されてきた。スポーツや音楽や絵を描くことにうつつを抜かしている場合じゃないと注意され続けてきた。そういうのは極一部の例外的な天才だけが進む道なのだと。

ほら、それらボクらの生活を取り巻く環境の何処にも希望は見当たらないだろ。人生とは斯くも四角四面で、がっちりと軌道が敷かれていて、みんなで楽しむものではなくて誰かと戦い勝ち抜くものであるのだから希望なんてものは不必要だ。我欲を成就できないものは地面を這いずるか死ぬしかないのだ。ボクらは12年も15年も18年も掛けてそう教わってきた。必要ないものは捨てるのがよろしかろうと昔は一杯あった筈の希望を毎年毎年ひたすら排除し続けてきた。

毎年10万人が自殺する筈である。


| 02:01 | feel it | comments(2) | trackbacks(0) |
ボクにとって大事なのは抑圧かもしれない。もしかしたら。

昔に書いた小説プロットのノートを最近発見して読み返してみた。数冊のノートの中にどうでもいいような小さなフラグメントから面白いアイディアから人物描写から前の晩に見た夢のストーリまでびっしりと書き込まれていた。いいや。書き込まれていたと言うよりそれは書き殴られていた。早く書かないと忘れてしまう、頭の中から吹き出てくるものが書きもれてしまうとばかりに崩した小さな字で急いで書かれていたのである。

ま、よくも毎日毎日こんなに書くことがあるなと我ながら思うくらい尋常ならざる文字量なんだけど、翻って現在のボクにそれほど湧き出るアイディアがあるかと言うとこれがそうでもない。ま、あるにはあるんだけど、ノート群を書いた20代や30代の頃に比ぶべくもないほどそれは少量だったりする。

じゃ何が変わったのかと考えてみたところ、まず避けては通れないのが年齢だ。と言うか老化。脳みそが多少劣化したのは確かにあるかも知れない。だがしかし、それは覚えていたはずの言葉がすぐに出てこない程度の僅かな劣化であるからアイディアの量云々とはあまり関係ない気がするのだ。

次に大きく変わったのは生活場所。
昔は主に札幌にいたわけだけど、でも東京にも3年いたり、海外渡航を何ヶ月かしてたり、チャリンコで日本縦断したり、波照間島に半年ぐらいいたりと基本的に居場所はこれまでも時折変わっていたので生活場所の変化もあまり関係ない気がする。

で、やっぱり昔と大きく異なるのは自分の家族がいることだろう。
これは20代の頃にはあり得なかった状態であるわけだけど、ボクは実はあまり一人暮らしをしてことがなく、19の頃に実家を出て以降も彼女と同棲してたり、友だちの家に居候させてもらったり、また別の彼女と同棲したりとほとんど独居という状態がなくて、家族ではないものの同居人は常にいたわけであるから、家族の有無とアイディア量の多寡もあまり関係があるとも思えない。

じゃ生活様式はどうか?
そう。PCの有無だ。20代の頃、ボクらの生活様式にPCはほとんど無縁だった。ボクが二十歳だったのは今から四半世紀も前で、当時は頑張ってもスーパーファミコンとかワープロぐらいしか使わなかったし、それは日常の生活時間の多くを占有したりはしなかった。だが今はどうだ。PCで仕事をし、PCで友人とメールを交わし、ブログやツイッターをやるのに決して少なくない時間をつぎ込んでいる。メールは勿論、ブログやツイッターでボクらは思いのたけや心情を吐露する。考えていることを言葉にし、時に悪態をつき、憎らしい誰かに罵声を浴びせたり誹謗中傷をしたりもする。そうしてボクらはカタルシスを得たり自分を納得させたり欲求不満を解消したりしているわけだけど、実はそれこそが今回提起してる問題の核なんじゃないかと思うんだ。

つまりPCを使いこなすことでボクらは一定量の抑圧を解かれていて、軋轢とか不満とかあまり自分一人の内側に抱え込まずとも済んでいるんじゃないだろうか。

抑圧も軋轢も不満も溜め込めば溜め込むほどに力となる。ただしそのエネルギーが吹き出る時に正のベクトルを持つのか負なのか邪なのかはわからない。おそらく人それぞれなのだろう。でもともかくもボクら人間は大昔から延々と抑圧と解放を繰り返してきたわけで、その対立構造の只中に生まれるエネルギーの大きさについては今更ボクがここで言及するまでもないだろう。

ボクはそのエネルギーをブログやツイッターなんかで小出しにしてきたんじゃないだろうか。小出しにする分、ボクの精神状態はわりと落ち着いてもいる。20代の頃みたいに気分の浮沈がひどくなったりしない。昔は幾日も他人と口を利けないぐらいひどく落ち込んだり、目の前に黒いカーテンが降りてきて視界がなくなるほど苛烈な怒りを覚えたりしたけれど現在のボクにそういう状態は訪れない。ま、ものすごい支払いのデタラメなお客さんがいたりすると色々と問題も起こるけれど、口を利けなくなったり、視界がなくなったりしない。

で、ボクは思った。抑圧をかけてみようと。

ま、抑圧は常に掛かっている。軋轢も不満も日常の中に間違いなくあるし、納得いかないことも義憤に駆られることもしょっちゅうだ。で、ここ10年ぐらいはそれらをホームページやブログやツイッターに書いたりしてその一部分もしくは半分くらいを解消したり消化したりしてたわけだけど、基本的にそれを止め、溜め込んでみることにしました。

溜め込むことでそれがどういう形でボクに作用するのかイマイチわからないし、小出しにしたほうが心身双方の健康のために良いのは確実なんだろうけど、内側にエネルギーを溜め込まないことには書くためのエネルギーに転換できなくて、ボクが今一番欲しいのはそういうエネルギーだ。

と言う事で今後しばらく抑圧的な生活態度で行ってみることにしました。つきましては当ブログも今後キレイごとがメインになるやも知れませんが、読者の皆様におかれましてはご了承ほどよろしくお願いいたします。

※抑圧の図w

| 08:14 | feel it | comments(0) | trackbacks(0) |
バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ薔薇、もうバラバラ

RCサクセションの歌じゃないが、世の中の人たちが持ってる価値観ってのは物凄くバラバラで、その昔、学生身分が終わり世の中にまろび出た時にそれでボクはひどく面食らったんだ。

え〜!?うそだろ〜!!なんでよ?なんで同じ教育受けて、同じような飯食って、似たような造りの家で日々暮らしてるのになんでそこまで価値観バラバラになれんのかな?わかんねぇなぁ。ってなもんだった。

今振り返るに学生の頃ってのは意外にその事に気付かなかったみたいだ。ありていに言ってしまえば学生時代すでに皆の価値観は同じじゃなかった。てめぇの価値観ってのを持ち寄ってそれぞれ擦り合わせればそれらは確かに違っていて、例えば「おまえはハードロック好きなのね。俺、クラフトワークとかYMOとか結構好きなんだよね。あ、でも松山千春も聴くよ。え?きみは千春嫌いなの?あ、そうなんだ。ふ〜ん」みたいやりとりは当然の如くあったんだけれども、学生の頃ってのはどうやら違いの意味とか差異とかをあまり意識せずにいられたわけだね。

ま、学生の頃ってのは吐いた言葉に大した責任も課せられなかったし、出鱈目でもテキトーでもそこそこ許されるし、何よりもそれら異なる価値観を作り上げてる過程の真っ最中なわけだから頭もまま柔らかかったりして差異の幅を縮める作業も軽やかだったりする。

しかしこれが、会社員だの課長部長だの親方だのマスターだのOLだのインストラクターだのパイオニアだのエキスパートだのが所狭しとひしめき合ってる大人の社会に出てみるに、まるで事情が違っていたわけです。

まず何が違っているって、自分も含め学生身分には生意気なのが沢山いたけど社会にはエラソーな奴がわんさかいるじゃありませんか。社会デビューを果たした頃、これが本当に煩わしかった。『な、な、ななななんなんだ!なんでどいつもこいつも偉そうなんだ!?こいつら皆ひとかどの人物か何かなのか?大物?大御所?大先輩?大先生?いやいや、そうじゃないだろう。こいつら俺より若干長く生きてるだけで、実際に俺よりもの知らないじゃん。知ったかぶりしてるだけじゃねーのか。まったく笑止だぜ』

と、やっぱりこちらもひどく生意気であることは確かなんだけれども、ともかくどいつもこいつも偉そうで、皆、我が価値観こそ一等賞だと譲らないのがものすごい鼻についたんだ。譲らないだけならまだしも偉そうにする奴らのは己の価値観をしきりと勧誘し、こちらに隙あらば口八丁手八丁でそれを売り込み、半ば強制的に押し付けてくるマルチビジネスの尖兵みたいな連中だったんだ。

十代半ばにしてボクはホントこれに閉口した。正味うちひしがれたし腹も立った。なんで皆こうもバラバラなんだよ〜。わけわかんねぇぞって。(※なんで閉口したのが十代半ばかって、中三からアルバイトなるものを始め、高校生の頃には平素より短時間労働に勤しみ、夏季休業と冬期休業時には朝から晩までアルバイト暮らしであったので一般社会の大人たちと絡み出したのはその時分だったわけです)

しかしである。
逆に言えば学生の自分と言うのは持てる価値観にそれだけ幅がなかったということで、皆が似たようなことを言ったりやったりしてればそれで一日が完結したわけなんだけれど、それってやっぱ学生服の起源に倣うまでもなく軍隊式なんだよ。右向け右!左向け左!休め!!ってぐらいでブレイク入れるタイミングまで皆でシンクロさせる訓練を日々受けてたわけだからさ。

であるから世間の垢にまみれてバラバラの価値観にすっかり慣れちゃうと今度はそれがすごく居心地よくなった。嗚呼、学校とはなんと閉鎖的でがんじがらめな空間であったのかと逆に価値観に差異の少なかった学生時代が歪なものと思えてくる。

なんなればボクら人間とは、この無限なる宇宙や複雑怪奇な世界を理解しようと欲する類稀なる動物なのだ。ならば画一的な価値観をいくら振りかざそうともそのような切なる願いが叶う筈がないのは論を待つまでもないだろう。

多様で在る事がボクらヒトに課された命題だ。多様であるという事は言うまでもなく一様ではないという事で、要するに多面的で複雑であり混沌としている様子を呈している。もしボクらがみんな一元的な価値観に基づいて規律正しく行動し、秩序を厳格に守り、はみ出ることを悪だと考え出すようならヒトの未来なんか知れたもんだ。頭の中が硬直し、柔軟性を排してこの複雑怪奇な世界を理解できるだろうか。未知ならまだしも知覚外のことさえあるだろうこの宇宙を軍隊式の価値観で把握することが出来るだろうか。

そのような命題を突きつけられてボクは世の中の人たちがバラバラの価値観に基づいて生きてることを喜ぶべきだとある時期から考えるようになった。バラバラでいいのだ。バラバラじゃなくなったら逆にお仕舞いだと。


ある特定の環境に過適応してしまった生物に待ってるのは、やがて来るであろう環境の変化への不適応であり、それに伴う衰退であるってことはきっと誰もが潜在的に知っていて、だからこそ世界中のヒトがバラバラの価値観で今日まで生きてきた筈なんだ。王様が誰に変わろうとも、国が異国の軍隊に占領されようとも、思想の潮流が変わろうとも、まったく新しい技術革命によって生活パターンが一変しようとも総体的にボクらは変化に対して上手に対応してきた。

ただしボクらの中には、それら様々な変化の只中でも旧来の価値観に縛られたり頑なにそれにこだわって身動きがとれなくなってしまう人も一定数いるだろうが、人の集団の中には変化に即応できる別の価値観を持った人たちがいて、今度は彼らがイニシアティブをとることでボクらは適応発展してきた筈なんだ。それこそが皆でバラバラの価値観を用意していることの意味なのだとボクは思う。

でも何ゆえか近年のニッポンじゃそれが否定され始めている。異質な価値観を徹底的に否定排除し、皆が同じ価値観を持つことが良いことのように語られ始めていないだろうか。ま、もしかしたらそれはボクがそう感じるだけで実際は違うのかもしれないが、でも周りで起きていることをよくよく考えてみて欲しい。例えば誰かの歌が売れるとワッと皆で飛びつく。みんなで大絶賛の嵐。例えばある食品が健康にいいとなると又もやワッと買い漁る。例えばテレビドラマの舞台となった沖縄の島に大挙して観光客がやってくる。著名人がユニクロだと言えば皆がユニクロに走る。マラソンがトレンドだと雑誌に記事が載れば大勢の人が急にマラソン大会にエントリーし、練習の為に皇居を回り始める。例えば誰か有名な人がファッキン中国を叫ぶと雪崩を打ったように多くの人たちが同調する。それに異論を唱える奴は一斉に否定の嵐。ネットの世界なんかじゃそういう構図が顕著に伺える。

やっぱバラバラがいいよ。
北朝鮮のマスゲームを思い出してみて欲しい。皆の顔が一斉に同じほうに顔が向いたり、同じように笑っていたりするのは気持ち悪いし不気味だろ。

で、我々は北朝鮮のマスゲームのニュース映像を見て嘲笑するが、我々が日々の暮らしの中でやってることもマスゲームと変わらないのだという事に何人が気付いているのだろう。あまり多くはないような気がボクにはするのだけれど…

| 09:39 | feel it | comments(0) | trackbacks(0) |
渋谷の珈琲屋のおやじの言葉を突然思い出した。
「 みんなさ、うちの珈琲おいしいって言ってくれるんだけどさ、みんなさ、砂糖とミルクたっぷりと入れて飲んでるわけよ。飲み方はそれぞれだから砂糖とミルク入れるのが悪いなんて言うつもりないけど、砂糖とミルクたっぷり入れたら砂糖とミルクの味ばっかりになって珈琲の味の違いなんてわからないでしょ。うん、わからないの。わかるのは精々が薄いか濃いかぐらいのもんでしょ。濃いから旨いとか薄いから不味いってわけでもないしさ、やっぱり珈琲の味をちゃんと知りたいならさ、とりあえずひとくち目ぐらいはストレートで飲んで欲しいんだよね。それで旨いとか不味いとか言われるなら私もわかるんだよ。でもね、ほとんどの人が砂糖とミルクがばがば入れて旨いとか不味いとか言うから信じられないわけよ」


あてもなく入った渋谷の珈琲専門店。
ボクはカウンターに座ってデミタス珈琲を注文し、あまりに旨いので二杯目のおわわりを申し出てたところ、店のマスターがそのような話を始めたから驚きました。何故って、そこは珈琲専門店であるからそこに来る人たちってのは当然珈琲好きで、単なる珈琲好きってよりは多分に飲み方や挽き方や落とし方にこだわりを持ったマニアックな人たちばかりで、然るに砂糖とミルクをガバガバ入れて飲んだりしないんだろうなと思っていたからなのですが、さにあらん実際には東京渋谷と言う都心中心部な土地柄が災いしてか客筋に珈琲マニアなどは全然少ないとの事。

ボクもその店のマスター同様、珈琲の飲み方に決まりはなくてもいいと思っていますが、少なくとも味の違いや味そのものを知ろうと欲するなら砂糖とミルクはとても邪魔な存在だと思います。ボクは、誰か知人が気を利かして買って来てくれるなどのシチュエーション以外で缶コーヒーと言うものを滅多に飲みませんが、缶コーヒーぐらい砂糖とミルクだらけだと味の違いなど死んでもわかりません。目隠しで飲んだらジョージアもボスもダイドーブレンドもみんな一緒。

じゃ、なんでそんことになってしまうのかと考えるに、要するに世の中にはコマーシャルが溢れていて、実体験を伴わない二次情報ばかりが溢れていて、もしくは巷には頭でっかちを良しとするような風潮があって、砂糖とミルクを加えない珈琲をちゃんと味わったこともないのに『俺は珈琲の味を知っている。だって俺はジョージアとボスの違いがわかるんだからね』みたいな事から珈琲文化を拡大解釈→社会的に多数派を形成→定着。なんて事態になっているんじゃなかろうかとボクは察します。

ボクもどっちかって言うとああでもないこうでもないと考えまくる頭でっかちなタイプなんだけれども、最終的には実体験を伴わないものは信じないことになっているので珈琲ひとつ飲むにもあらゆるパターンを試してみたりします。薄いの濃いのミルクだけ砂糖だけ両方いれたやつ砂糖の代わりに蜂蜜いれてみるなどの様々なパターンを経てからでなければブラックで飲むのが一番とか口が避けても言えない。って言うか言いたくない。

無理やり話をまとめると、簡単に手に入るものは簡単に手に入るだけの価値しかないってことだね。つまり。

ま、これはボクが東京に住んでいた頃の話なんでその店が今もあるのか知らないし、もし在ったとして店の客筋がどのように変化したのか知る由もありませんが、デミタス珈琲のおかわりの注文に気をよくしたマスターは二杯目を無料にしてくれて、今度はボクがたいへん気を良くしたこともあり、都会嫌いのボクだったりしますが、次に間違って東京行ったときは是非に再訪してみたい。
この膨らみがポイントなんだよね
この膨らみがポイントなんだよね。ちなみこれは上のお店でもやっていた一杯どりのネルドリップ。至高の一杯を飲みたいかたはこれ試してみて下さい。死ぬほど旨いですから。
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