Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌改め、ドイツはミュンヘン市に居を移して発信する

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pray for japan 誰のために祈るのか。何のために祈るのか。祈るとは何だろうか。
 
あえて不遜な物言いをしよう。
pray for japan。上のイメージは西表カフェの満留隆一さんとボクで義援金を集めるべくチャリティ販売したTシャツであるけれど、このデザインで行くに当たって別の友人からちょっとしたクレームがついた。「おいおい、祈り(pray)じゃないだろう。金(money)だよ、金。金集めて送るのが一番の支援じゃないか。祈っても何の支援にもならないよ」

ま、友人の理屈には確かに一理ある。って言うか震災復興に関して金銭的なものが一義的意味を持つのは当然すぎるほどに当然なわけで、別に反論のしようもないし、反論するつもりも端からない。しかしてボクはその前日 満留隆一さんからチャリティTシャツの話を振られた際に30秒ほど熟考せしめ、ネットに出回ったコピーであるpray for japanを敢えて採用することにしていたので真っ当なクレームをつけてくれた友人にはこう答えた。「わかってる。でもprayで行くよ。moneyは被災者にとって一番必要なものだろうけど、prayは日本人みんなに必要だと思うから」

なにゆえか?

祈ったって何の意味もない。祈りなんて何にもならない。祈ってる場合じゃない。確かにボクもそう思う。本音である。でもそう思える自分に対して実は疑問も同時に覚えていた。

本当か?本当に祈ったって意味はないのか?今は祈ってる場合じゃないのか?じゃ、いつなら祈ってる場合なんだ?祈るに適切なタイミングとはどこなんだい?

正直に言おう。ボクは1964年に生まれてからこのかた祈ったことなんかなかった。実利功利を求めるのを善しとする世の中に生まれて、12年間の小中高時代を通じて常に損得を優先するよう教えられたし、それをカンペキに実践するには至らずとも常に実利功利を意識せざるを得ずに46年間を過ごしてきた。祈りなんて何処へやら。って言うよりボクのごとき者には最初から祈りなんてなかった。

そしてこの大震災が起きた。

無力だったよね。
あまりにボクらは無力だったよ。
ボクらが如何に汗水たらして作ったものであろうとも、皆で力を合わせて作ったものであろうとも、科学や技術の粋を結集させたものであろうともすべて波に持って行かれたし、そこに端を発した原発事故という人災も巻き起こった。

圧倒的だ。絶対的と言ってもいいかも知れない。おそらくボクら人間は未来永劫地震も津波も核分裂も制御できない。ある限定の中だけで制御したつもりになれるかも知れないが、カンペキに制御できることは金輪際あり得ないって事をこの震災で実感した人は多いだろうし、ボク自身はそれを嫌というほどに見せ付けられた気持ちでいる。

そのあまりに圧倒的な力を前にしてボクは生まれて始めて祈った。津波が全てを覆っていくニュース映像を見ながら祈るしかなかった。たくさんの命が津波の中に消えて行ってるけれど、なんとかして、どうにかして一人でも多くの人が助かりますように。生き延びますようにと。

生き延びさえすればあとはお金がなんとかしてくれる。でも生き延びるか否かを決める圧倒的なものの前でお金は無力です。ボクらは実利功利の中で暮らしているとこの地球に厳然と存在している圧倒的な力を忘れてしまうけれど、果たしてボクらのそのような振る舞いは正しいのか。

正しいという言葉に宗教的なものを感じるなら適切という言葉に置き換えてもいい。圧倒的な力を神と呼ぶことにボクは抵抗があるし、呼ぶべきではないと思っている。しかしそれでも圧倒的な力はボクらのすぐ隣にいつもあって、それを感じ取れないのはボクらの身勝手な驕りではないかとも思っている。

それを感じ取るために必要なもの。それが祈りだ。
圧倒的な力を前にして思わず膝まづく。それが祈りだとボクは思っている。
どこぞの宣教師よろしくそれが正しい行いですと他人に説いてまわるつもりはないし、ボクが何を言ったところで世の中の趨勢が実利功利を機軸にして今後も回り続けるのは確定的だ。

でも、だからこそボクは敢えて言う。ボクらには祈りが必要だ。
少しだけ謙虚になるべよ。な、そうしようよ。
| 00:43 | 東北関東大震災 | comments(4) | trackbacks(0) |
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Comment








祈り(思い)は伝わって行く、いや瞬時に広がって行くと思っています。
自分がふと思ったことは、どこか別の場所でも思う人がいると思ってます。
地震の前まで「こいつら、本当に何かないと変わらないんだ。やえごんでもこないと解らないんだ」と思ってました。
私の思いは間違っていました。「間違いに気付けよ」と思うべきでした。阪神大震災の前も似たような状態になって反省したはずなのに、あまりにも東京が醜いゆえに私の心までも醜くゆがんでいったのだと、ある意味負けたのだと思います。
だからこそ、今は将来の人々の笑顔を思い描き、原発の最悪の事態への想像を打ち消し、動物たちに謝り、地球への祈りを捧げます。

実は今無職になりました。自分の意思で決めたことなんですが、かなり揺れ動いてるのは事実です。しかし、旦那と相談した結果、東京でこの事態がどうなっていくのかを見ていくことにしました。さあ、就活だぁ〜。

西蔵さんもちばり〜よ〜
posted by やーも | 2011/04/18 2:48 PM |
やーも様

道のりはとても長い。それにひどい悪路。目指す先さえ見えない。遅々たる行進。疑心暗鬼を隠さない人たちから罵声を浴びせられ石を投げつけられることもあるでしょう。嫌気や憎悪を向けるのは簡単だけれど、行進することを諦め、その手に石つぶてを握るならば次の瞬間には何もかも終ってしまうかも知れない。

核汚染にまみれて惨めに生きるのは嫌だよね。あきらめずに行きましょう。(なんてことを言ってる自分のほうがどれだけ堪えられるかイマイチ自信がないのだけれど)

無職ですか。東京からなりゆきを。

それもありですね。首都からのレポートを是非続けて下さい。期待してます。ボクはまだ此処から動けそうにないので。

よろしくお願いします。
posted by saizou | 2011/04/19 3:32 PM |
東京に残るって言ってる端から、次への可能性への思いがどんどん溢れてきます。

もし、新たなコミュニティーを作るとしたら石垣島は可能ですか?
少しずつ変えて行くにせよ少人数で集まって、生活を始めていく一歩を踏み出したいと思っています。
ある村を作る構想だけは2年前から夫婦で考えていたんですが、まず資金がないことと、2人で始めても大きな力になってはいけないだろうと思っていました。
その村の第一は法律は自分たちであること、村で暮らしは簡潔すること。だから貨幣は存在しないこと。
原発廃止にゆっくりと動き出した 今 出来る確信が出てきました。

お金もツテもありません。
ただ、今西藏さんと他大勢の人たちと乾杯をして、うれし涙を流す。が浮かんできたんで、伝えなきゃって

場所も東京以外ならどこでもありだし、ほんと考えるだけなんでなあーんにも行動してないけれど、出来ていく確信だけで書いてますが

最初は何十人かと思ったら、旦那は一万人て言ってた 笑

西藏さんの意見を求む!
posted by やーも | 2011/04/19 9:14 PM |
やーも様

長くなりそうだからメールで返信します。ちょっと待ってて。
posted by saizou | 2011/04/20 11:52 PM |
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