Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌改め、ドイツはミュンヘン市に居を移して発信する

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最後まで正気でいられるのは誰か

これから書くことの一切が俯瞰に徹するのをどうかご了承いただきたい。俯瞰なんぞやりやがるのは当事者意識の欠如ではないのかと突っ込まれる向きもあるやも知れないが、当事者を引きずったままでは書けないこともあるわけで、はっきり言って3月11日に起きた大震災とそれに伴う人災としての東電原発事故(※福島第一原発事故とは敢えて言わない。福島という地名をチェルノブイリの如く原発事故の代名詞とするのはあまりにいたたまれないから)はボクにとってあまりに重い、重すぎる最悪としか思えない出来事だし、おそらくそれは世の中の多くの人にとっても同様なのではないかと思っている。

さりとて巷には様々な反応がある。
嘆き悲しむ人。怒り憤る人。絶望の淵に立つ人。議論を繰り返す人。ぼんやりとする人。そして意外に多いのが震災はともかく原発事故に関してはカンペキに対岸の火事を決め込み、我関せず、私は楽しくオシャレに生きるのよ〜しゃらららら〜って感じの人だったりする。

ボクは思うのであるが列挙したどの状態にしてもその全てが震災と原発事故に端を発しているわけで、この一連の惨劇が起こらなければ誰も家や家族を海に飲み込まれて嘆き悲しむこともなかったし、政府の被災者への対処が遅いではないかと怒ることもなかったし、漏れてる放射能は多いだ少ないだと議論討論を延々と続けることもなかったし、そして『騙されてようと誤魔化されていようと関係ない。政府が安全だって言うなら安全なの。終息に向かっているんだからそれでいいじゃないの。実際に対岸なんだから対岸の火事だと思って何が悪いのよ。偉そうなこと言って煽ってんじゃないわよ。ったく。アンタ殺すよ。私はネ、忙しいの。仕事も忙しいし、育児も忙しいの。原発なんかこれ以上構ってらんないわよ』みたいな無関心層をあぶりだす事もなかった。

しかし行動パターンはどうであれ皆さん原発事故を意識しているのである。やばいとか、まずいとか、怖いとか、不安だとか感じてる人は勿論のこと無関心層ですら同様ではないだろうか。

なんなればそれら無関心層の方々は、それこそ普段は政治家がテレビに映っただけでチャンネルを他局のバラエティ番組に変えてしまうわけだし、政治家の名前に至っては主要な大臣や幹事長さえ覚えていない方々が多数いるのが現実とあらば、今回ばかりは枝野長官の名前を覚えたのだから普段とは異なる精神状態であったことがうかがい知れるのである。

つまり政府広報を鵜呑みにして安全を口にする人であれ、要はやっぱ不安なのだ。怖いのだ。その裏返しとして枝野の要領を得ない政府見解に一切の疑義を挟まずに信じ込むという行為に出る。出るしかないのだ。政府トップの言葉が単なる気休めだろうと、甚だしくも無能だろうと関係ない。お上より「健康被害はなかろうや。安心せしめよ」と申し渡されたならば良なる臣民たるもの直ちに安堵せねばならぬのである。

あ。そうなんだ。プルトニウムってなんだか得体の知れない感一杯の名前だけど実は安全だったんだ!なんだぁ、よかったぁ〜!もう怖がって損しちゃったよ〜♪ 何日も怖がったぶん明日からは三倍楽しんじゃうわよ。だって私たちが経済回さなきゃ復興支援も進まないってテレビでやってたしね♪

はっきり言おう。果たしてこれらの人々の心の内とは如何なる様相となっているのか。すでに狂っているのある。狂ってるとはもはや正常ではないとの意である。例えばもし我々が日本の近隣に住む異国人で、その近隣たる日本国が原発事故の現場から核汚染された何万トンもの水や空気をどぼどぼと流せば普通に『おいっ!日本、何しやがんだよ!ふざけんじゃねぇぞ!こっちに流れてくるじゃねぇか!魚食えなくなるじゃねぇかよ!!』と訝ること憤ること必至であるが、それらの反応を向こうに我々は「安全だよ」とか「怖がる必要ないよ」みたいな言葉遊びを内閣のお歴々から我々一般人に至るまで等しく共有してるって、やはりもはや正常ではないだろう。

何ヶ月か後、もしくは何年かの後に訪れるであろうと世界中の多くの人たちが危惧してくれている健康や命の危機を「ただちに健康被害はございません。ご安心下さい」という碌な根拠も示さない安直な言葉のみを担保にして斬り捨てられるお上の絶対視(国から付託された専門家らや政府が間違ったことを言う筈がないという妄信状態)はもはや正常と呼ぶにはあまりに危うい。

つまり、騒がずわめかず淡々と平常を取り戻したように誰の目にも映る無関心層は既に狂っている。政府や東電の経営陣の皆さんは危機管理や事故対策や核燃料の処理も考えず米国の言うままに原発を作ったことを論うまでもなく一番先に狂っていた。そこは鉄板である。しかしである。無関心層の皆さんや政府のお歴々、東電役員の皆さんは先んじて狂ってしまったことをお嘆きになるのは無用だ。なんなれば我々は皆等しく狂いの地平へ向かってひた走っているのだからご安心召されたい。

彼らから取り残された我々も『怖い危ない不安だ』とやってるうちはまだしも正常だろうが、次第にそれが嵩じて核シェルターを自宅に作り出したり、シェルターの中に三年分の食料を貯めこみ始めたり、打倒ニッポン政府を掲げて私設軍隊を組織し出したりするのは勿論、極めつけは東電の末端社員への嫌がらせなどを嬉々としてやり出したらすなわち狂ってる証左と思って間違いないだろう。
sand castle.jpg
そう。もう誰もが正常な判断を失いつつあるのだ。
とは言え、まだまだ踏ん張ってる人、堪えてる人、神経の太い人は大勢いるのでボクなどはその人たちに大いに期待してるわけだけど、こんな事を俯瞰して書いてる時点でボクも結構危ういかもしれない。

最後までまともでいられるのは誰か。正気を保っていられるのは誰か。
日本の未来はその人の手に委ねられているのかも知れない。なんて事を半ば真剣に考えている今日この頃である。

| 10:14 | 東北関東大震災 | comments(0) | trackbacks(0) |
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