Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌改め、ドイツはミュンヘン市に居を移して発信する

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何が真実かわからないとお嘆きの方へ


「一体なにが真実なのかわからない!」
「誰の言葉を信じたらいいのだろうか?」
 
これらはネットでもリアルでもしばしば目にするし耳にする文言だし、確かに巷には情報だの意見だの諸説だの偉そうな評論だのありとあらゆる言説が溢れ返っていて、それらは一様に『我こそは真実なり』『これをおいて他に最善手なし』なんて具合にもっともらしい仮面をつけているので、ま、よくわからないっちゃー確かによくわからないかも知れません。

しかしながらこんなぐちゃぐちゃの事態は何も今に始まったことでもなければ原発事故を機に巻き起こった混乱でもありません。

侃侃諤諤(けんけんがくがく)だの
議論百出(ぎろんひゃくしゅつ)だの
甲論乙駁(こうろんおつばく)だの
しっちゃかめっちゃかで、ぐちゃぐちゃになった様子を表す言葉が昔からあるように原発是非を問う今般の騒ぎだって言ってみれば我々が通らざるを得ない不可欠の事態なわけです。

そう。「皆でよってたかって好き勝手いいやがって。何が真実か一向わからぬではないか!この大タワケどもめ!!」と多くの方が嘆いたり騒いだり憤ったりしてるのが原発問題の現在です。とは言え、世の重大事は原発事故だけではありませぬ故に皆それぞれの重大事について、例えばいじめの問題だったり超少子化と超高齢化の問題だったり、それらについてもまた考え込んだり悩んだり叫んだりしてるのは想像に難くないわけだし、月の小遣いが減っただのスマフォはどの機種がいいだのとひどく瑣末な事に悩んだり身悶えたり七転八倒している方も中にはいるやも知れませんが、今現在騒いだり嘆いたり怒ったり呆れたりしている人たちのうちの概ね半分以上の人は原発をこのまま推進すべきなのか、それとも全廃であれ段階的であれ何であれなるべく早期に廃炉へとシフトすべきなのか、そこんところでぐだぐだとやってるし、ぐだぐだとやってる人のうちの一人がボクだったりするのです。

しかしながらボクは悩みません。
何が真実なのかわからぬぞ、右から左から上から下から好きなこと言いやがって、みんな真実に思えちゃったり全部ウソに思えたりするんだけど、俺は一体どうすりゃいいのよ!とこのパターンで悩んだことがありません。

だからと言って、何が真実であるのか、何を信じたらよいのだろうか、みたいな事をまったく考えないわけでもありません。ありませんが基本的にそこでは悩みません。

じゃ、何故にそこで悩まないのかと言えば、それら判断の基準の置き方を他者の言説に委ねないからです。逆に言えば如何に判断すべきかを他者に任せるがゆえに悩まざるを得なくなる。周りを見渡すに議論百出だろうと甲論乙駁だろうと喧々諤々だろうと自らの内側に判断の基準があれば周囲の喧騒はほとんど気にならなくなります。



繰り返しましょう。何が真実かわからないとお嘆きの方は自らの内側に基準を持っていないのです。基準という言葉がそぐわなければ感覚と言い換えても構いません。上記したところに倣えば『A論とB論、どっちも正しく思える。正しいのはどっちだろう。ん〜、どっちも正しく思われる…どっちなのだろう?』とやるのは判断基準や感覚に欠ける方であり、それを持ってる者は『AとB、どっちも正しげであるよなぁ。そりゃそうだよね。我こそが正しいとやるための体裁や格好を整えているんだからそう見えなきゃむしろ変だ。つまり体裁や格好を整え、我こそが真実、我こそは正義、我こそ大義!と声高にやるものに真実などはないのだろう。ま、真実なんてものは最初からないのかも知れないけれど』と考え、考えるだけでなく己の身体感覚や研ぎ澄ました五感に依拠した結論を導き出します。

つまるところテレビや新聞はAかBかどちらかに導くための記事を用意し、大義という仮面を付けたテキストを常に提示し我々を誘導を図るわけで、テレビや新聞などの大衆メディアをソースとしている限りは未来永劫にわたりAB大義抗争から抜け出ることが出来ないでしょう。

終わりに一つだけ具体例を挙げますが、昨年巷でよく論争ネタになっていた放射能【放射線)が身体に良いか悪いかというテーマ。これを議論していた皆さんは専門家や学者や大学教授や政治家の言質を得ることで判断の論拠としていたようですが、ボクに言わせるとその判断方法はまったくもって奇異なことです。なのでボクは偉い先生の言質はひとまず横に置き、それを判断するに当たってボクはボクの五感を通して得られる至極日常的な情報をもとにしてそれを考えました。病院に行ってレントゲンを撮る際、私たちは関係者以外対入り禁止マークがついた重い鉄の扉を開け、鉛入りのベストを着せられます。妊産婦はレントゲンを厳重に制限されます。

それ以上に判断材料が何か必要でしょうか?
ボクには必要ありません。ボクはボクが見たもので十分です。大学のセンセーのアカデミックな論説も政治家のお墨付きも要りません。屁のツッパリにもならないどころか、もしボクがそれに耳を傾けたなら従ったにせよ抗ったにせよ、それは誰かの思惑のままなわけで。






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Tシャツよろしくお願いします。
posted by 屋宜 | 2012/09/20 5:04 PM |
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