Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌改め、ドイツはミュンヘン市に居を移して発信する

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裸の王様。笑われるべきは実は王様ではなく、王様は裸であると笑っている家来や民衆のほうかも知れない【前編】

私たちが生きる社会は本当に現実のものなんだろうか?

って何か哲学的なことを言ってやろうと思っているのではなくて、ボクは唯単純に『現実』と皆が呼ぶものを疑っているのです。何を疑っているかと言うと、ボクはその現実なるものが何か実体を伴ったものでもなく、普遍の価値あるものでもなく、実は結構しょーもないファンタジーではないかと疑っているのです。

例えば【死】についての現実。
私たちは社会的にも心情的にも『死』を怖れます。少しでも死なないように心掛けたり、念じたり、誰か神様や教祖様のお力添えにより死を遠ざけてくれるようお願いしたりもします。ま、もう末期ガンであることが発覚しちゃって死を遠ざけるのが無理ならせめて安らかに死なせてくれと懇願したりもします。

私はそれがおかしいなどと言ってるのではありません。死を遠ざけようと願ったり、死を穢れと感じたりするのは至極当然だと思います。

はい。ここでおそらくはほとんどの人が『そうそう。当然でしょ、そんなの。誰だって死にたくないんだから』ぐらいの事を思いつつ、私が提示した「当然」という文言に頷いてくれた事と思いますが、死を避けるのが当然という現実がここにあります。

そう。現代に生きる誰もが死を避け、死を怖れ、死にたくないと願っている筈です。ま、中には死を怖れぬ極少数の変わり者はいるでしょうが、おおむね私たちは死を忌避します。

しかしながらよくよく思い出してみましょうか。
我らはホモサピエンスなる高度な霊長類へと進化を遂げ、その人としての黎明期がいつであるという学術的命題に未だ答は出ていないのでおおよそのところに線を引き、ま、仮に300万年前にアダムとイブが誕生していたとすれば我々はそこから1億2千万世代以上を経てきたわけで、その総数は何千億人か、もしかしたら何兆人にもなる筈です。そして3,000,000年の長きを渡ってきた人類の総数である何千億か何兆かの人たちは皆、誰一人の例外なく死に至っているのです。


おかしくはないですか?
私たちは死は遠ざけるべきものであり、怖れの対象であり、忌避すべきものであり、死を克服することを望むのは当然であるぐらいに思っている現実がすっかり定着してるわけですが、今日に至る1億2千万代のご先祖様がことごとく死んできたように我々もまた100%確実に死にます。それなのに何を怖れることがあるのでしょうか?

びびろうと、泣こうと、わめこうと、例外なく誰もが死ぬのに何故びびったり、泣いたり、わめいたり、取り乱したりするのでしょうか?どうしてそれが現実という事になっているのでしょうか?いつからそれが定着したのでしょうか。どうして我々は少しでも長生きしたいと願うのでしょうか。考古学などによれば黎明期の人類はとても短命だったようだし、たかだか200年前でも平均寿命は50歳前後だったわけで、それらの事実を踏まえれば我々は死を怖れるからこそ寿命をどんどん延ばしてきたのかも知れませんが、伸ばそうと引っ張ろうとどうやっても我々は死にます。

確かに死はしばしば深い悲しみを伴います。ある日 突如として大好きな人が目の前からいなくなるのは誰にとっても大きな痛手として心に刻みこまれることでしょうし、そのような悲しみや哀れみを避けようとするのは仕方のないことだと思います。

しかしそれでも万人は必ずや死にます。病気か事故か老衰かはともかく誰もが例外なく死亡します。乞食であろうと王様であろうと政治家であろうとワーキングプアであろうと卑劣な野郎であろうと正義の味方であろうと死は等しく訪れます。

ならば私は死を忌避するのではなく万人が死生観を持つべきではないかと思ったりもしますが、それは本稿のテーマと関係ないのでまた別の機会としますが、ともかくも我々はびびる必要の無いものをびびり、怖がる筋合いではないものを一生懸命に怖がっているのではないか。私には現実がそういうものに見えるのです。

ま、しかし死についての考察もあくまで喩えの一つにすぎません。私が本稿で語ろうとしているのは現実とは何かと言うことであり、天邪鬼たる私が天邪鬼を続けるのは多くの人が現実として疑って掛かろうとしないものを疑い続ければこその天邪鬼であるわけです。

と、いうことで少々長くなってきたので続きはまた次回。
| 10:23 | 立派な大人のための童話 | comments(0) | trackbacks(0) |
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