Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌改め、ドイツはミュンヘン市に居を移して発信する

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裸の王様。笑われるべきは実は王様ではなく、王様は裸であると笑っている家来や民衆のほうかも知れない【番外編】
果たしてボクらは幸福で満たされているのか。

ボクらは正しきことは善い事であると教えられている。ただしき数字(解)を導き出せるよう算数と数学を叩き込まれ、正しき文法と発音を使えるように英語を必修し、正しい漢字を覚えるよう義務付けられ、文学作品や美術作品を観ては作者が描こうとしたテーマを正しく理解する旨申し付けられている。更に言えば正しきことを修めた後は社会に出て政治経済を正しく理解し、それらを滞りなく実践するのが正しい大人であると言うことになっている。

果たしてボクらが身を置く世界は正しきことに満ち溢れている筈だ。
世界に生きる人々の自由と平和を護る資本主義経済が悪の社会主義共産主義を打倒し、良貨を世界の隅々まで行き渡らせ貧困は消滅し、発達し続ける科学と医療が万民の命を救い、命を護り、命をつなげ、希望と自由に満ちた未来がボクらには約束されている…筈だった。

それら正しき世界が実現されていないのは何故なのだろう。

北朝鮮とイランが悪いのだろうか。それとも悪を行うマフィアや暴力団のせいなのか。それとも第三世界と呼ばれる後進国が二酸化炭素を止め処なく排出し公害を垂れ流すからなのか?第三世界が貧困を西側世界に輸出し続けているからなのか?

そのどれもが違うとボクは考えている。
考えれば考えるほど違うとかしか断じられない。
凝視すればするほどボクらの首を絞めているのは北朝鮮の独裁者でもなく、マフィアのボスでも若頭でもなく、はたまた街を徘徊するチンピラどもでは勿論なく、ましてや貧しい世界に住む貧しい人たちでないのは確かだとわかってくる。

ボクらの首を絞め上げているのはボクら自身じゃないのか。
世界に貧困を生んでいるのは富をかきあつめ富を貯め込み、質のよい商品を安価で作るよう第三世界に住む貧しき人々に求め、求めるというよりは資本のチカラで半ば無理矢理にそれを強制し、それは和姦ではなく勿論強姦に等しく、ありとあらゆるエネルギーを独占し、24時間眠らない街を作っては賞賛とエールを送り、ひたすらに富と利便と科学技術を享受し、果てどもない欲求に突き動かされるボクら自身がボクら自身の首を締め上げている。



果たして世界は弱肉強食だ。

いくら現状を批判し、我々がそれを省みたところで西側世界が溜め込んだ富を世界中に再分配できる筈もない。彼らは、おこぼれは投げ与えても共に肩を組んだりはしない。もし仮に再分配しようとしてもやはり貧者弱者の中でも狡猾で力のあるものが多くを手にするだろう。

さりとて再分配などという可能性はあくまで仮定の域を出ない限りなく空想に近い話でしかない。ボクらが生きる資本主義世界とは、富を掻き集め 富を貯めこむのが力のあるものの証しとされ、力はなくも欲求不満をもてあます者たちが強者に群がり、そうして強者のヒエラルキー集団が形成され、強者による強者のための世界なのだ。

何が正しくて何が間違っているのかを決めるのは常に強者だ。弱者は従うよりほかない。寄らば大樹の陰だの、長いものには巻かれろだのと昔から倣わすように強者の側につけばある程度の愉悦を手に入れることは弱者にも可能だったりする。

しかし弱者が如何におもねろうとも仲間の真似をしようとも強者は常に我が保身を第一に考慮して強者にとって正しきことを行使する。

彼らは間違っても弱者のことを慮ったりはしない。

理由は簡単だ。彼らが悪人だからではなく、彼ら強者は常に強者であり続けたいからだ。弱者に心を砕いたり、持っている富を分け与えたりしたら彼らは強者である理由を失ってしまう。富があってこその強者。だから彼らは間違っても弱者の側に降りてきたり歩み寄ったりはしない。至極単純な話なのだが、そんな単純なことも判らないほどにボクらは不感症を患っている。

ボクらが不感症を患った最大の原因は現行の学校教育にある。小中高の12年間もの長き時間をかけてボクらは個人性というものを奪われ続け、クラスメイトと同じことをやるよう考えるよう求められ続ける。皆が跳び箱5段を跳ぶのだからキミも跳ばなければならないと強要される。無論跳ばなくてもいいが、体育の成績は確実に下がる。

皆と同じことを出来ないとテストの点数が悪くなり成績が下がり、親からそれで小言を言われ続け、「一体誰に似て頭が悪いのだ』だの『運動音痴』だの文句を言われ続け、そんなことでは良い大学に入れない。良い会社に入れないとなり、しいては立派で裕福なる者にはなれないという事になる。

そういう環境に長きにわたって身を置くことで誰も彼も見事なまでに不感症となる。他者と違うことを考えるだけで逸脱と思い込み、他者と違うことをやれば立派な社会人としての立ち位置を失うのだから、他者とは異なる自分を捨て去り、封印し、不感症にもなろうというものだ。


王様とは誰に邪魔されようとも、その身勝手で滅茶苦茶でデタラメで他者とはまるで異なる個人性を手放さなかったものが就く位置に相違なく、言ってしまえば王様とはそもそもが裸の者を指す言葉であり、王様なんてものは最初っから裸でしかないのだ。一方、我々民衆はがっちりと長い時間をかけて個人性を剥ぎ取られ、魂や心に皆と同じ制服を着けさせられた者たちであり、確かに裸ではない。しかし世の王様達は、そのような個人性の欠片もない画一的な制服を下々の者たちに押し着せ、皆がそれを喜び勇んで身に付けるのを見ては嘲笑っているのである。

ボクらは確かに裸にはなれないかも知れない。そもそも裸がないのかも知れない。でも、もう少し脱いでいいんじゃないか、薄着になってもいいんじゃないかとボクは思う。





| 14:02 | 立派な大人のための童話 | comments(1) | trackbacks(0) |
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11月の半ばでありながらシャツ+パンツの下着姿(超薄着)でコメントしています。
日常の生活に追われながらも、心はもっと衣服をかなぐり捨てるようしているつもりです。
網戸の隙間からはいってくる虫たちと自分の命の重さを比べながら。
posted by ミルク | 2012/11/14 12:18 AM |
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