Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌改め、ドイツはミュンヘン市に居を移して発信する

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曇天、日本海 波高し、機関部に重大な損傷、資質なき船長があやつるニッポン丸のゆくえ
原子力エンジン搭載、総排水量一億二千万トンのニッポン丸が蛇行を始めてから十年あまりが経った。もはや修理の見込みすらない機関部のアクシデントを隠すことに努め、一定の功を奏した小泉という船長がかつていたが、隠しきれないと悟った彼は船長の座を後進に禅譲し、そそくさと船橋から姿をくらました。

それから致命的な故障を抱えたニッポン丸の船長は短期間のうちに次々と変わり、船員をはじめ乗客のほとんどはその名前すらよく覚えていないが、そもそもニッポン丸の運行が船長の指揮統制下にあるのかと言えば実に怪しげだ。彼らの言動を鑑みれば彼らは無能だからこそ船長に指名され支持されているとしか断じられなかったし、その無能さゆえに重大な機関損傷を彼らが隠しおおせる筈もなかった。しかし、権力に楯突かない訓練を施され、乗船時にも船舶運行者の指示と命令に従う書類に署名捺印してある乗客たちが、蛇行を隠す船員たちに異を唱えることはなかった。

なかには蛇行操船に気づき告発する者たちもいたが、多くは上級船員たちによって懐柔されて言を翻したし、それでも黙らぬものはそうっと目立たぬよう夜間の甲板におびき出され漆黒の海中へと沈んだのである。

いくら告発者を黙らせようとも重大な機関部の損傷は隠しきれず、迎えた3月11日の未明に原子力エンジンが爆発し、核の粉塵を巻き散らかすこととなったのは皆さんの記憶にも新しいところだろう。飛散した核の粉塵は大気と海洋にばらまかれただけでなく、ニッポン丸の船内にも充満した。

核の恐ろしさを納得しているものは、爆発を起こした船内下部には近づかずこうとせず、客室さえ離れ 甲板へと上がったが、多くの乗客は船長が発する根拠無き安全運行可能宣言を受け入れたし、それを受け入れる以外の選択肢を持ち得ている筈もなかった。

ニッポン丸には乗客ほぼ全員を避難させうる救命ボートを積載していたから逃げ出そうと思えば逃げ出すことは可能なのだが、逃げ出せばちっぽけな救命ボートを手こぎで進まねばならず、巨大客船ニッポン丸に居残れば気楽な乗船客としての立場を失うことはない。下級船員を呼びつけ、運行状況は改善されておるのかねと問い質し、文句を言う自由がいつまであるのかわからぬし、いつ船長権限で機関部の修理班に回されるかわからぬもののその時がくるまで気楽であることに変わりはない。それだけに自分にお鉢が回ってくる懸念なき高齢の客は横柄にさえなれる。

高い乗船代金を支払った乗船客として居残るのか。それとも救命ボートで漕ぎ出すのか。

ニッポン丸が沈むその瞬間まで船長はそれを告げないかも知れないし、船長としての資質に欠けるものであるほど沈没を告げるタイミングは遅れるだろう。でもそれは悪意ではないのかも知れない。運行管理の建前上の最高責任者としてニッポン丸を最後の最後まで守ろうとしただけなのかも知れず、賛意を示す者さえ乗客の中にはいるだろう。でも、賛意を示すものは運良くも沈む巨大客船と運命を共にせずに済んだものであり、船体と共に海中へと吸い込まれた乗客は何も語らない。

語る者と語らぬ者。
あとに残るのは声をあげた者の物語ばかり。

| 17:36 | 立派な大人のための童話 | comments(1) | trackbacks(0) |
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国賊w
売国奴はw
日本から、出て行け→→→(−_−メ)
posted by 七氏 | 2012/12/13 3:27 AM |
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