Tデザイン社 西蔵電気筆録

沖縄県は八重山郡 石垣島に開設したデザインオフィスから発信する業務日誌改め、ドイツはミュンヘン市に居を移して発信する

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新興宗教系、ニューサイエンス系、又あこぎで安直なご商売系の皆様にはおかれましてはこのたびのご無礼、何卒お赦しを

全六回にてアップいたしました大怪獣やえゴンにお付き合い下さいました皆さんありがとうございました。本人的には全然短いんですが読まされるほうは長かったかも知れませんね。大変失礼こきました。

ま、で、タイトルにもあるように新興宗教系の方々なんかは最後でやえゴンに殺されちゃったりして、なんとお詫び申し上げてよいやら適切な言葉が見当たりませんです。はい。

新興宗教やニューサイエンスや自称エスパーやあこぎなご商売をされてる方に別に個人的恨みがあっての所業ではございませんので誤解なきようお願い致します。ただ単に宗教やサイエンスの名を借りたビジネスを快く思っていないだけのことであり、やえゴン饅頭とかやえゴンちんすこうとか安易にネーミングして観光プライスで高く売りさばくような雑な商売が気に入らないだけでありまして、快く思っていなかったり気に入らなかったりする方々におかれましては今一度 大怪獣やえゴンの血肉となり果て、その深き業を浄化贖罪していただけるよう愛をこめましたる次第。どうかご理解のほどを。

大怪獣やえゴン。別にこの忙しい最中に新たに書き上げたわけではなく、何年も前に書き殴ってあったものを加筆訂正いたしました。挿絵だけ今回書きましたが、本人的には大怪獣やえゴンの妙に長い手とデカイ目が気に入ってます。

あ。そう言えば酔漢のお兄さんと袴田さんも殺しちゃったなぁ。ごめんよ。あれは反射行動みたいなもんだからどうか赦して欲しい。八名の観光客と船長の善吉さんは自爆だからしょうがないね。あれは大怪獣やえゴンとボクのせいではないのだ。

みんなも自爆しないようにね。
see you soon !
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| 13:35 | 立派な大人のための童話 | comments(3) | trackbacks(0) |
大怪獣やえゴン【6】

「オルティス、あなたは怪獣グブロフを守護とすることで聖戦士を統率する役割を担っているのですか?って言うか、あの、つまり、僕はあなたの部下なのですか。ならば、ならば、ならば、僕は使い捨ての兵隊ですか?それっておかしくないですか?え〜!?石垣島まで来たのに所詮は鉄砲玉かよ。畜生。死んでたまるかよ!くそっ、僕は絶対にそんなの嫌だ。そんなのは絶対に」言ってるうちにどんどん逆上する海路が極めて直接的な質問をぶつけたところオルティスことショウコの回答は意外なものだった。

曰く。
海路くん、あなたは皆それぞれに守護を持っていることを忘れてしまったのかしら。確かに前世からの記憶をすべて維持保存するのは非常な困難を極めるし、それは魂のステイタスが高くなければ出来ないことであれば、記憶データーに削除項目が発生しても致しかたない。ならば教えよう。示唆してあげよう。ウミミチことウミロッチェよ。あなたの守護はザンバディーゴ。体長三〇メートルにも及ぶ巨大海蛇だ。あなたは近いうちにこの石垣島の海でザンバディーゴと再会することになる。覚えておくように。そしてガミル、あなたの守護は百二〇本の毒針を持った巨大スズメバチ。そしてユージン、あなたの守護は七色の襟巻きを回転させ敵を真っ二つにしてしまう巨大エリマキトカゲ。で、あなたの守護は、と言う具合にして十二名全員の守護がショウコの口より初めて告げられ誰もが衝撃と感銘、そして歓喜に包まれた。

そんなミラクルでワンダフルな回答を引き出した海路は尚更だった。守護の存在と名前を告げられてさっきまでの憤りは何処へやら海路はいつの間にか誇らしげに胸を張っていた。そうでなくとも根拠のない自信を持つ海路にして明らかになった守護の存在はまさに千人力のパワーを彼に与え、海路ことウミロッチェまだ見ぬ敵への闘志をむやみに掻き立てたのである。

『そうかぁ、僕にも守護がいたんだあ。やっぱりなあ。うんうん。敵をぶっ殺しまくるしかないな。サダルバッティどもよ、覚悟しておけよ。うんうん。ザンバディーゴか。巨大海蛇ね。近いうちに会えるんだな。楽しみだなあ。あれ、でも僕、泳げないけど巨大海蛇とどうやって出会えるのかな。あ、やっぱ船だろうな。もしかしたら僕らはこれから船に乗ることになるのかなぁ。そうだよ。きっとそうだよ。そこで僕はザンゴバーディと再…あれ、ザンディバじゃない、ディンゴザーバだっけ。ま、とにかく僕は僕の守護ともうすぐ会えるんだよな。うんうん。楽しみだなぁ」

そのようにして海路がまだ見ぬ我が守護巨大海蛇との再会への期待感に胸ふくらませてしまうからショウコなどはまんまと聖戦士筆頭の座を得ることとなったのであるが、忘却の守護をショウコより示唆されても一人だけ浮かぬ顔、合点のいかぬ風情のものがいた。

今度は海路ではない。マリちゃんだった。

マリちゃんに明かされた守護の正体は巨大蜘蛛だった。両脚を広げた全長が八メートルにも及ぶタランチュラ系らしいのだが、マリちゃんは蜘蛛が大の苦手だった。苦手と言うより嫌い。大嫌い。見るのも嫌。同じ空気を吸ってるだけでも許せない。あんな生き物世の中にいなけりゃいいのにぐらいに日頃より思っていたのに嗚呼それなのに、よりによってそんな奴が八メートルの巨躯となり果てて前世の昔より自分の守護であったとは嗚呼情けなや。いたわしや私。こんな不条理なことがあっていいものか。蜘蛛が守護ってだけでも悲劇なのに、そこへ持ってきて巨大蜘蛛の名はアホランテなどという阿呆な名前だという。一体なんの悪ふざけだ。人をなめくさるのもたいがいにせえ。マリちゃんはそう思ったのである。

なれば蜘蛛嫌いのマリちゃんが我と我が身を護らんとすれば彼女の思索が行きつく先はひとつであり、つまり蜘蛛なんぞを守護に指名してきやがったショウコの否定である。

無論「前世が聖戦士」という部分は互いにとって存在の核であるからそこを否定してしまうと下手をすれば自己否定にもつながりかねないので前世が聖戦士ってところはアンタッチャブルである。だからマリちゃんが否定の矛先を向けるのはただひとつ。ショウコが主張する各人の守護指名の部分だ。つまり、各聖戦士と各守護のつなぎ方に誤りがある筈と疑うことにしたのである。

ショウコ―グブロフ(大怪獣やえゴン)
ウミミチ―ザンバディーゴ(巨大海蛇)
マリちゃん―アホランテ(巨大蜘蛛)

と言う図式ではなく、本当は

マリちゃん―グブロフ(大怪獣やえゴン)
ショウコ―アホランテ(巨大蜘蛛)
ウミミチ―ザンバディーゴ(巨大海蛇)

そのようにマリちゃんは案じたし、案じた次の瞬間にはそうに違いないと断じていた。されば眠れる巨神グブロフこと大怪獣やえゴンはもう我が手に落ちたのも同然だ。『さあ、起きるのよグブロフ。私と共に聖戦に立ち上がるのよ。さあ起きなさい。グブロフよ、起きるのよ』マリちゃんは大声でそう叫びたかったが、ショウコやショウコシンパの手前もあるのでひとまず心の中でそう絶叫したのである。

その声に呼応するかのように大怪獣やえゴンの四肢がわずかに動いた。

それから地鳴りのような音と振動が石垣島の大地と大気を震わせたが、それは地鳴りではなく大怪獣やえゴンが巨体を共鳴させ喉を鳴らした野太い音響。眠れる怪獣ヤエゴンの周囲に散会し、それぞれ都合よくもヤエゴンを様々な神に見立て、奉り、勝手な教義や説話をたれる各種宗教団体やショウコらニューサイエンス系の人々や、周辺に土産物の屋台を出したりして大怪獣やえゴンの名前を勝手気ままに商品名とし、あこぎな商売をしていた連中のあいだに緊張が走った瞬間だった。

数ヶ月にも及んだ長き眠りから大怪獣やえゴンは遂に目覚めたのだ。

やえゴンの瞼が開き、直径1m60の巨大な鉄球みたいな目の玉が動いた。その視線の先にいたのはマリちゃんだった。

「ほら見たわ見たわ!私を見たわ!やっぱりグブロフは私の守護よ!!ほら!私の声に反応して眠りから覚めたのよ!ほら。ほら。ほら、ほらほらほらほららららららら」マリちゃんは激しく昂奮し我を忘れ、ショウコの背を何度も叩き、高らかに勝利を宣言した。「見なさい見なさい。グブロフは私のものよ。私の守護神よ。ワハハハハ。私の勝ちね。あんたの負けよ。わはははは。グブロフは私のものよ。ギャハハハハハハハ。ゲハハハハハ」そのように勝ち名乗りを揚げたものの下品な残響だけを残してマリちゃんは失神してしまった。口元から吹いた泡。彼女が癲癇の持病を持っていた事を誰も知らなかった。

マリちゃんが倒れるのと同時に大怪獣やえゴンは突如として屹立した。その巨大な足を下ろしたあとに土煙が舞い上がった。三〇メートルの高みより周囲を見渡し、やえゴンは唸った。あきらかに不機嫌な声だった。芥子粒のごとき小さな見知らぬ人間どもが知らぬ間に幾重にも周りを取り囲み、線香を焚いたり、鐘を鳴らしたり、呪文を唱えたり、説法を垂れたり、掌を合わせたり、世界平和を説いたり、守護神に奉りあげたり、やえゴン饅頭ややえゴンちんすこうなどの土産物にされたりしているのだから大変に気分が悪い。「なんなんだよオマエらは。散れ、散れ散れ。さっさと消え失ろよ、この野郎」とでも言いたげに大怪獣やえゴンは咆哮を三発。

大怪獣やえゴンを取り囲み、線香を焚いたり、鐘を鳴らしたり、呪文を唱えたり、説法を垂れたり、掌を合わせたり、世界平和を説いたり、守護神に奉りあげたり、勝手に土産物屋を出したりしていた者たちが三発の咆哮に吹っ飛んだ。腰が抜けた者。泡を吹いて失神したもの。両耳の鼓膜が破れた者。失禁だけで済んだ者。脱糞にまで及んだものと身体的被害状況はそれぞれではあったが、やえゴンの激しい怒気が籠められた咆哮を聞かされて皆逃げるに逃げられず、もはや観念したように平伏すより他に手がなかったのである。

どうか私だけは殺さないで。私だけは。

皆の頭の中にあった願いは一つ。
私だけは。
親でも兄弟でも友だちでも家族でも同胞同志でも仲間でも師でもなく、私。

大怪獣やえゴンは、その多くの私を踏み潰し、蹴散らし、樹齢千年の大木のごとき太い尻尾で撥ね飛ばした。私たちが土に還った。私たちは大地になった。その大地に育ったサトウキビを食べて大怪獣やえゴンはそれからもしばらく生き続けた。


               大怪獣やえゴン【了】 

| 09:35 | 立派な大人のための童話 | comments(0) | trackbacks(0) |
大怪獣やえゴン【5】

次第と遊びをエスカレートさせてく子供たち。
ペットボトルの清涼飲料水をかけるぐらいならまだしも、眠っているやえゴンに小便を掛けたり、やえゴンにドロップキックを見舞ったり、ロケット花火で攻撃したりと滅茶苦茶をやり出した。

その時、突如として大怪獣やえゴンが目を覚ます!

ってな事は起きない。起きなかった。
小便もドロップキックもロケット花火も大怪獣やえゴンの眠りを妨げるには至らなかった。それらはやえゴンにしてみたら蚊に刺されたほどにも感じないし、やえゴンは基本的に子供たちを殺さないのである。何故殺さないのかって理由をここで簡単に明らかにするわけにはいかない。ま、敢えて言うなら作者がそういう設定にしてあるとしか言いようがない。でも、だからと言ってやえゴンが殊更に子供好きであるとか、子供たちの味方であるとか、小児愛に目覚めているなどの博愛的要件や愛欲的な話ではない。ともかくも大怪獣やえゴンは目を覚まさず、サトウキビ畑の真ん中で惰眠を貪り続けたのである。

ちなみに何故に起きないのかその理由も不明としておく。

冬眠ならぬ夏眠に入ったのかも知れないし、ここんところずっと寝不足が続いていて、その反動として長時間の睡眠に及んでいるのかも知れないし、そんな俗な理由なんかでは全然なくて、何かもっと高尚な訳があるのかも知れないが、しばらくのあいだ大怪獣やえゴンの果てどもない睡眠は続くことになった。

大怪獣は確かに目覚めなかったし起きなかった。
とは言え、怪獣対策を世間一般から求められている警察や公安庁などは勿論のこと日米の軍部をして世界中どこにも前例のない巨大な生き物への対応対策には苦慮するばかりだったし、日本のお役所仕事と言うのは基本的にも全面的にも完全なる前例主義であるのでこういう場合ただただ手をこまねくしかなくて、自分の出した大怪獣やえゴン対策が失敗に終わった場合に責任をとりたくない人たちが大挙して集まり、ひたすら会議のために会議を開いたり「そぉーですなぁー。あのぉぉぉー、なんと言うかぁぁぁー、そのぉぉぉー、難しい、たいへん、難しい、問題ですなー。いやぁぁぁー、本当にぃぃぃー。ねぇぇぇぇ、大沢さん」などと間延びした台詞を喋って無意味な時間と税金を使い続けたのである。

ま、軍幹部だろうと内閣のお歴々だろうと有能を自負する官僚のみなさんだろうと、もしも自分が言いだしっぺの作戦や対策が失敗なんてことになり果てて眠れる怪獣を逆ギレ凶暴化させた挙句に被害拡大なんて事態にでもなれば斯くのごとき愚策を企画立案した主謀者が各種マスメディアから叩かれるのは必定。ただ叩かれるだけならまだしも大抵は極悪人扱いされたり、無能者よばわりされたり、恥知らずのレッテルを貼られたり、ついでに学歴詐称や隠し子の人数やメンズクリニックへの通院歴なども世間の知るところとなり、然る流れとしては我が子は学校で虐めに遭い、逆ギレして妻を殴りつけて、殴りつけた妻がDV被害を訴え出て、それはそれでまたも週刊誌ネタにされ、最終的には地位も名誉も失い、財産も離婚した妻に半分持って行かれるなどのゲーテ級の悲劇的な末路を辿らねばならないのだから誰しも怪獣対策など真面目に案じたりする筈がなかった。

だからヤエゴンは八重山は石垣島のキビ畑の真ん中でしばらくのあいだ放置されることになった。

ま、デカイし、邪魔くさいけれどもただ単に眠っているだけだし、マスメディア各種が連日ある事ない事報じ続けるので不本意ながら島に観光スポットなるものが出来た格好となって観光客なんかも増え始めたし、ま、しばらく放っておいてもいいんじゃないか大怪獣やえゴン。ってな事になったのである。

しかしながら対応すべき方々が対応できないと対応を求められていない方々がしゃしゃり出てくるのは世の常。ましてや問題の主格たる大怪獣やえゴンは正体も素性も知れない謎の生き物なんかであれば、神秘主義者やら各種新興宗教団体やらニューサイエンス関係者、自称エスパー、オカルティストなどの神がかりな面々の恰好の餌食になるのは自明であり必定であれば彼らをして続々と、次々と、どんどこどんどこと、無遠慮なまでに石垣島への上陸を果し、十日とかからず石垣島はまさに神の島・カムイの島の様相を呈することと相なったのである。

そんな神がかりな面々の一人 浅沼ショウコは前世が聖戦士だったと自覚し自認していた。

ただし、彼女の言う聖戦士とはイスラムのジハードを戦う者を指しているわけではなかった。昨今じゃジハード(聖戦)に自爆テロは付きものだけれど自分のことが大好きで大好きでしょうがないショウコが間違っても自爆テロなどやるわけがなくて、じゃ、どのへんが聖戦士なのかと言うと、実存性や合理性なんかはひとまず無視したところに依拠した聖戦士であり、どのあたりが実存性や合理性を無視しているかと言うと、例えばショウコが聖戦士だったのは宇宙暦499-8001-5411年とか言うバーコードのごとき年号を用いている時代だったらしいのだが、それが果たして地球上のものか、はたまた別の惑星、別の次元、別の宇宙のことなのかはさっぱり不明だったりする。更に言えば、前世のショウコは名前をオルティス・サーメイズ・ダダガッシーニなどと言う英語とイタリア語をごちゃまぜにしたような少女マンガの登場人物のごとき名を戴いていたりして、そのオルティスなんちゃらが仕えていた国がアクロクセス王国などと言う極めて猪口才な国名で、その国は治めていたのはもっと猪口才臭たち込める善の皇帝アルテバッハ三世なんて名前の15歳の少年だと言うのであるから大変に質の悪いSF漫画さながらの設定と言わざるをえなかったのであるが、ま、単刀直入に言えばオルティスこと浅沼ショウコは前世において聖戦士として活躍していたわけだ。少なくとも浅沼自身はそう自覚し自認している。

その前世において彼女は聖戦士として悪と闘い、影の軍団を薙ぎ倒し、善の皇帝アルテバッハ三世に服わぬ者どもを抹殺してきたのだが、その折に大怪獣やえゴンと闘った彼女はこれを見事屈服させると、以後やえゴンを自分の守護として仕えさせ、共に数多くの聖戦を戦い抜いてきたそうだ。こうしてショウコの前世を列挙してるだけで頭が痛くなるが、少なくともショウコことオルティスなんちゃらはそう言い張って絶対に譲らなかった。

「グブロフ、おまえ…私を追いかけて来たんだね。そうだよね。グブロフは私の守護だもんね…」浅沼ショウコは眠り続ける大怪獣やえゴンの間近、地面に膝をつき祈るように語りかけた。そして人目も憚らず号泣。グブロフとは前世時のやえゴンの名前らしいのだが詳細は不明である。時間にして五分ほど、ひとしきり泣いた彼女は同行の者たちを振り返り、主役を張る舞台女優みたいに話し始めた。

「悪事が蔓延り、怠惰と傲慢が人民の心を支配する。風は怒り狂い、水は腐り果て、大地は
今や乾き切らんとしている。最早それは自然の営みなどではない。断じてないのだ。そう。それは策謀であり陰謀だ。地球そのものを乗っ取らんとする悪の秘密結社サダルバッティの謀略なのだ。連中はこの星の民ではない故に、この星に生きとし生ける物の一切に愛を持たず、慈しみを覚えず、連中が望んでいるのは只一つ、母なる地球を我々の手から奪うことだけなのだ。故に、私は立ち上がった。悪の宇宙秘密結社サダルバッティの魔の手から地球と、地球に住む者たちのすべてを護るために立ち上がったのだ。だからあなたがた皆にもこうして時空を超えて結集してもらった。私の魂の呼びかけに応えてくれた皆に感謝している。ありがとう。本当に、みんな、ありがとう」そう言って浅沼ショウコは同志たちに頭を下げる代わりに瞼をゆっくりと閉じてみせ、それからまた再び大怪獣やえゴンへ向き直った。

「でも、強大な悪の帝国サダルバッティと闘うには我々聖戦士の力だけでは不十分なの。だから私はずっと待っていたのよ。そう。凶暴極まりないパワーと、強靭な肉体を併せ持ち、我々聖戦士に付き従い、これを命がけで護る従順にして類稀なる知性をも併せ持った怪獣グブロフが、再び、ふたたび私の前に現れるのを私はずっと待っていたの。ずっと、ずっと、ずうっとね」

そう言ってからショウコはグブロフこと大怪獣やえゴンの間近に歩み寄ると、その如何にも硬質な、まるで焼け爛れた鉄のごときゴツゴツとした体表にそうっと手を伸ばし、微笑んだ。「やっと会えたわね、グブロフ。あなたが来るのを私は本当に待ってたんだよ」

ショウコに同行した自称聖戦士は十二名。皆は一様にショウコと大怪獣やえゴンの時空を超えた再会に涙し、自分のことのように喜んで見せたのであるが、一人だけその光景に疑念を抱え込み、皆に同調するのを躊躇う青年がいた。

名前を海路(かいじ)と言った。でも彼の周囲のものは申し合わせでもしたかのように誰一人として海路のことをカイジとは呼ばずしてウミミチと訓でその名を呼び交わし、誰も本当の読み方で呼んでくれいないせいで海路は幼少の時分より自分の名にプライドが持てないと言うか、自分の名にアイデンティティが確立できずに、誰か知らない大人に「お名前は?」とか尋ねられても口篭るばかりであったのだが、そうこうしているうちに自分の名が嫌いになり、そう名付けた両親、とくに父親のほうを嫌悪するようになって、いつしか海路と言う名は仮称であり、本当の名前は別にあるのだ。今はわけあって隠されているが実は真の名が僕にはあるのだ。などと戯れの過ぎたことを思い込むようになり、長じて「今生の己とは仮の姿である。本当の、真の、誠の、僕はこんなもんじゃない。だって僕は、ぼくは、ボクは、僕の正体は、せ、せい、聖戦士なんだ!あ!言っちゃったよ!」

ってな事の次第から海路はショウコのブログにあった『聖戦士たちよ覚醒せよ。戦いの時は遂に来たれり』との聖戦士召集記事に狂喜して応じ、その後メールでのやりとりを数度重ね、同胞との感激の面会を経たのちにショウコのマネージメントで石垣島へとやってきた次第であるが、ショウコの主張する『怪獣グブロフは私の守護』って部分が海路はどうしても腑に落ちなかったのだ。

だってそうだろう。と海路は眠り続ける大怪獣やえゴンの鼻の穴を見詰めるともなしに見詰めながら思う。巨大怪獣ヤエゴン、否、グブロフを守護とする聖戦士がショウコだと言うならそれはまるでショウコが私は聖戦士の大将よって言ってるのと同義じゃないか。百歩譲って同義とまで言わなくとも「私は怪獣を守護と出来る身。あんたらは身ひとつで精々頑張るのね」なんて言われてるように聞こえるのは僕のひがみなのか。
それは僕の聞きとり方が悪いのだろうか。
皆には、そういうふうに聞こえないだろうか。

海路はそのような疑念を抱え込み、信頼すべき同胞であればこそとショウコに直接それを問い質すことにした。

【つづく】 

| 01:21 | 立派な大人のための童話 | comments(0) | trackbacks(0) |
大怪獣やえゴン【4】

正午を過ぎ、日米合同戦闘機チームが再び現れた。今度は那覇発進の戦闘機だけではなく哨戒機と空中警戒管制機なんかが厚木基地や岩国基地、百里基地など飛んできて36機からの大編隊が組み、狭い石垣島の空で大喧騒を巻き起こしたのである。

地上では島民と観光客らが、「なんたること!遂に大怪獣やえゴンへの爆撃が始まるのか!?やっちゃうのか!まじか!」と期待と緊張とをない交ぜにして空を見上げ続けたのであるが、航空機の大編隊はやっぱりやえゴンの頭上をゆるゆると旋回し続けるだけで特にこれといった行動を起こすわけでもないのでだんだん皆は飽きてきて空を見上げなくなった。ま、それもその筈。空中警戒管制機には内閣のお歴々が席を埋め、物見遊山で怪獣見物に来ていただけであった。

お大臣様たちの物見遊山を誰も責めることは出来ないと思う。なんつったって相手は大怪獣なのだ。誰も見たことがないくらいデカイのだ。ふざけんなよ、そんなデカイ生き物なんているわけねぇだろってくらいデカイのである。それでもってサトウキビなんか食ってるところを見ると純粋に草食みたいだし、加えて『火炎を吐く』『放射能を放つ』『空を飛び回る』『異次元へ引き込まれる』などの攻撃パターンを有している様子もないので頭上を飛び回るだけなら特にこれと言った危険もないだろうと判断した上での物見遊山であれば如何に税金の無駄遣いであろうとも物見遊山ぐらいは役得と言うものなのである。それに今のところ『世界制服を企む悪のテロ組織から犯行声明』なども出てこないし、面白がりこそすれ政府のお歴々に『非常事態』とか『緊急事態』とか『やばい事になった』などと言った緊張感はこれっぽっちもなかった。

しかし36機の自衛隊機の中にただ一人だけそのような物見遊山な作戦行動に忸怩たる思いを抱くものがいた。早坂宏 二十七歳。大日本帝国の暁の大空にデビューしてまだ半年の新米パイロットだ。

早坂にとって大怪獣やえゴンは完全に悪だった。小さな南の島に脈絡もなく現れ、幾人もの人を殺傷し、建物や道路を破壊する悪の権化。悪の化身。悪の帝王。悪逆非道。外道野郎。鬼畜米英。早坂にとって大怪獣やえゴンはまさにそのような存在であり、それ以外の何物でもなくば、仮に学生時代の恩師なんかが「いやいや早坂くん、ああ見えて大怪獣やえゴンにだって良いところあるンじゃないかね。怪獣には怪獣の生き方ってもんがあるのじゃよ。そうじゃな、スタイルって言うのか。キミにもキミのスタイルがあるじゃろ。それと一緒じゃ。我々みたいなオヤジたちと同じ物差しで若いキミを測れないように大怪獣やえゴンにもやえゴンの物差しが必要なのじゃ」などと訳知り調でやさしげに諭したとしても早坂は絶対に認めない。なぜならば早坂にとって悪は悪であり、悪は悪以上のなにものでもなく、悪は何処からどう見ようと悪であり、悪は百害あって一理もない悪でしかない。悪は悪であると早坂は常々極単純に信じて疑わなかったのである。

そんな早坂であるから航空自衛隊入隊の動機にも確固たるものがあった。
曰く、悪の侵略者から祖国を守らんが為である。間違っても
「パイロットに憧れて」とか
「自衛隊に入って各種免許を取得するため」とか
「適当な就職先が見つからなかったので取り合えず」みたいな出鱈目で意志薄弱な理由で自衛隊入隊を果たしたのではなかったのである。それから半年。今回の大怪獣やえゴンの出現は早坂にとって願い祈り捜し求め続けてきた悪を倒す千載一遇の好機であれば自他共に認める勧善懲悪の人 早坂 宏がいきり立たぬ筈がなかった。

酒臭い加地久美子とそのペットの脇田を遠投した後、ヤエゴンは再び心安らかにサトウキビを頬張っていたわけで、そんな折りに何処からともなく現れて、しきりと上空を飛び回る、旋回する、くるくる回る、コックピットからガン見するなどして挑発行為を繰り返す早坂機に大怪獣やえゴンは尋常ならぬ殺気を感じ取った。実はやえゴン、精神感応が出来るのである。殊更にネガティビティ溢れる負の感情情動への感応などは受信感度も高く、ましてやこれが殺気殺意呪いの類なんかだと生存欲求の障害障壁として鋭敏極まりなく反応するのであった。ま、つまり、己の敵はすぐに判っちゃうわけだ。

この糞野郎がっ!殺られる前に殺ってやるぜ!
言葉を持たぬ怪獣ヤエゴンは胸のうち、思念にてそのような叫び声を上げるやいなや上空の早坂機に攻撃を仕掛けた。喰らい尽くし露出したサトウキビ畑の土をひとくれ握り締め、近づいてきた早坂機へ向かって投げつけたのである。

やえゴンを取り囲みその光景を見ていた者たちは嘲笑気味に声を掛け合った。「やれやれ。やっぱ怪獣だな。土、投げるって、ちょ、原始っぽくない?」「うんうん。土 投げても始まらんって言うか、どうなのよ土攻撃って(笑)」「ま、所詮怪獣だから大目にみてやってよwww」などとやってる上空で早坂機はエンジンから煙を吹いて機体を傾けるから誰もが我が目を疑うしかなかった。

近代科学の粋とも言うべき最新鋭ジェット戦闘機。その弱点はあろうことか土攻撃だったのである。大怪獣やえゴンがそれを見抜いていたって事はない筈だが、ともかくも珊瑚片を多分に含んだ石垣島の硬い土はジェットエンジンに吸い込まれるとタービン等エンジン内部を破壊し、推力を失った早坂機は呆気もなく東シナ海へと墜落していったのである。錐もみなどしつつ。

なんなれば最新鋭戦闘機とは音速を超えた速度で大空を飛び回り、同様の機能を有した敵機などと空中で交戦するため、もしくは地上建造物へのミサイル攻撃やミステークと称して住宅街や学校への爆弾投下をもっぽら生業とする機械であれば端っから土を投げつけられることを想定して作られていないのであった。嗚呼、近代科学の盲点よ。

自らが悪と断じる者にしてやられた早坂の無念はいかばかりであっただろうか。遠く三沢基地から八重山は石垣島くんだりまで飛んできて悪を倒すと言う志半ばで海の藻屑と消ゆる勧善懲悪の人 早坂の消息はその後、杳として知れない。


さんざ殺気殺意を撒き散らした挙句に呆気なくも撃墜、海中へと没した早坂に少々拍子抜け
の感も拭えぬ大怪獣やえゴンではあったが、取りあえずここは一息いれようと生い茂ったサトウキビ畑に腰を下ろす。ねっちっこく纏わり付いていた殺気は霧消し、早坂機と共に喧しく辺りを飛び回っていたお大臣様たちの物見遊山ツアー御一行も一斉に消えうせ、大怪獣やえゴンは落ち着いた時間を取り戻せる筈だった。

石垣島の畑作耕地にいつもの静寂が戻ったかに思えた。

しかし何かがおかしかった。やえゴンは辺りをもう一度見回し、それから遠景を慎重に見渡した。鋭く動くものも、生存を脅かすような巨大なものも、炎や光線を放つものも怪しげなるものの一切は何処にも見当たらず、大怪獣やえゴンは首を傾げた。

ならば落ち着かないのは何故か。早坂機から発せられた射抜くが如き殺気殺意の類ではないのだけれど、なにやら再び纏わり付かんとするこの澱んだものの正体は一体なんであるのか。やえゴンにはそれが解らなかった。

でも、まあ、いい。なるようになるさ。
言葉は持たぬやえゴンはそのように思い、解らぬことをいつまでも考えるのは止めにしたのである。

で、また喰った。
島はまだ酷暑に包まれて、満腹となり動きまわる気もすっかり失せた大怪獣やえゴンは午睡をきめこむ。市街地を外れた畑の真ん中で横倒しに動かなくなったやえゴンを間近かに見ようと再び人の群れが押し寄せた。その群れを形成しているのは大半が地元住民である。つまり出生地が石垣島の方々であった。観光客の姿もあるにはあるが、観光客はあらかた航空機や船舶によって既に島から脱出していたので怪獣見物ツアーに参加しているのは未だ帰りの便が取れなくて半ばやけくそ、半ば怖いもの見たさの野次馬風情のヤマトンチュをちらほら見掛ける程度であれば、やはり、好き好んで怪獣を取り巻き、普通に酒宴を開けるのは一億二千万の日本人の中にあって八重山の方々だけなのではなかろうか。

ヤエゴン警戒網を敷いた八重山警察は当然のように怪獣見物自粛を呼びかけ取り締まったのであるが大怪獣やえゴンを眼前にして左程の効果はなく、少年少女に若造青年オヤジ酔っ払いに公務員、あとは無宿者や末期ガンの患者や認知症の爺さん婆さんなんかがぞくぞくと集結し、午睡の大怪獣を取り巻いて再び縁日のごとき賑やかなる宴が始まったのである。

そのうち見るだけに飽き足らなくなった幼稚園児小中学生なんかが眠っているヤエゴンにそうっと近づいて、その火山岩のごとき厳つい身体に触っては逃げ戻り、「うおおおお、すげえええ!!すげえ!怪獣に触っちゃったよ!!触っちゃったよ!!!今度おまえな。な。な。な。な。やってみ!うっせー、この!やれったらやれ!」みたいして一頻りはしゃいでは又誰かが触りに行き、逃げ戻っては又はしゃぐと言う遊びやり始める。平易に考えて相当危険な遊びだと思うのだが、このような場合、石垣島の親御さんたちの多くは特に強く注意するわけでも叱るわけでもないので子供らの大怪獣タッチ遊びは次第にエスカレートしていった。

【つづく】

| 08:14 | 立派な大人のための童話 | comments(0) | trackbacks(0) |
大怪獣やえゴン【3】

大怪獣やえゴンの破壊の光景を独りほくそ笑み 目を細めて見詰めるものが者がいた。リゾート開発反対運動のリーダー袴田万亀男である。

袴田は思った。
大怪獣やえゴンを破壊神ヤエゴンとして位置づけ、やえゴンをリゾート開発反対運動の象徴として、その旗頭として担ぎ出せば世間からおおきな注目を集められる筈だ。そしてその破壊神を自在に操る俺はやえゴン以上の注目を世間から集めることになる。ある者は俺を畏れ、ある者は俺を讃える。そう。まさに神の如くだ。これまで大規模開発や拝金主義の権化みたいな企業と闘い、自然や地球を守ってきた俺にはその賛美に応える用意も資格もある筈だ。そうだよ。あるんだよ。俺はもっと賛美されていい!

袴田は狂喜する。
おれはまさしく天才だ。カリスマリーダーだ。こんな天才的なことを思いつくのは石垣島狭しと言えども俺をおいて他にはないだろうな。あれ?石垣島広しだっけか?いやいや、石垣島は狭いんだから狭しでいいだろ。ともかくだ、かなり天才だろ俺って。いやぁ我ながら驚くわ自分の才能に。こんなにも才能溢れる男が石垣島になんて埋もれていて良いわけないわな。うん。それは罪悪だろう。罪悪だよ〜、うん。というわけで袴田は大建造物破壊に忙しいやえゴンの前へひょろひょろとまろび出て行ったのである。

「おおおおおおおい、やえゴン。俺の話を聞いてくれ。頼むよ。ちょっとあいだ手を止めて俺の言うことに耳を傾けてくれないか。頼むよ大怪獣やえゴン!!」

そう叫んだ袴田は自分で自分の言葉に感嘆し、やや陶酔した。ホテルを破壊する怪獣に向かって『ちょっとあいだ手を止めて俺の言うことに耳を傾けてくれないか』なんて21世紀に残る名台詞だぜ。おいっ!やっぱ天才だろ俺。今の、誰か聞いててくれたかな』

しかし己の才を見誤るものは他人の才をも見誤る。
袴田は大怪獣やえゴンの前にまろび出るなり、やえゴンのグーの手で叩き潰されてしまったのである。大怪獣ヤエゴンには本土系土木建築企業の営業マンも、リゾート開発反対運動のリーダーも無関係だったし無頓着だった。やえゴンは怪獣なのだ。象徴でもなければ旗頭でもない。腹を空かし、楽しんだり苛ついたり厭々をしたりするただの怪獣である。袴田はそんな簡単明瞭な事実さえ見逃すほどに己の姿より他のものが見えていなかったのだろうか。否、もしかするとそれは袴田自身の自惚れやナルシズムのせいではなくて、大怪獣という存在が袴田を図らずもそうさせたのかも知れない。人を簡単に握り潰したり、ビルやマンションを突き崩したり簡単に出来る大怪獣を前にして冷静でいられる者は皆無なのだ。袴田や港で自爆した人々を引き合いに出すまでもなく大怪獣とは斯くの如きハレの物体なのである。

とは言うものの袴田に憐憫の情を抱いたものは島にほとんどいなかった。

唐突に、突然に、一切の前振りも予告もなく目の前に飛び出てきた人間に驚き、反射的にそれを叩き潰してしまった大怪獣やえゴンであったが、今度はその手の臭いを嗅がなかった。やえゴンは学習したのである。もしかしたらまた酒臭いのではないか。人間を潰すとアルコール臭がする筈だと。それに今は海岸線からも離れ、酒臭くともすぐに洗い流せる海も水も近くにないし、ならばいっそ最初から臭いなど嗅がないほうが精神衛生的にも良好であろうと判断したのである。でも一応は、その岩石の如きごつごつとした手のあちこちにこびりついた血と肉は公園の芝生で入念にぬぐっておいた。

袴田の非業の死に学んだのかその日は大怪獣やえゴンの前に飛び出す莫迦はそれ以上いなかったのだが、日が暮れて代謝レベルが低下し、今やすっかり眠くなり大きな公園の芝生の上で巨体を横たえた大怪獣やえゴンを取り囲むように新たな莫迦の輪は出現していた。やえゴンの周囲百メートルあたりには見物客やら観光客やら地元の小中高生、無職者や宿なし、暴走族まがいにラッパーまがい、クラバーやラリパッパなんかが野次馬となって押しあいへしあい、朝まで乱痴気騒ぎをやらかそうと手薬煉引いていたのである。

夜の石垣島で大勢の人が集まると必ずバカ騒ぎや口喧嘩、暴力沙汰や宴会、楽器の演奏、それに不倫やらレイプ未遂などなどがすぐに始まるし、そこへもってきて混雑と混乱と興奮とが席巻したこの日の石垣島では感極まってハイになって自己制御がまったく利かなくなった人たちが阿鼻叫喚絵図を描いたのである。その騒ぎっぷりは島の歴史始まって以来かつてないほどに喧しく、嘘かまことか三〇キロメートルも海の向こうの多良間島までその喧騒が届いたと後日語られたのであるが、多分それは作り話だと思う。

で、その日、莫迦の輪は空にもあった。
沖縄本島から自衛隊機と米軍機が日米合同演習よろしく六機編隊を組んで飛んできて、大怪獣やえゴンの頭の上あたりをぐるぐるとやったのである。それで大怪獣やえゴンをミサイルで攻撃したとか、500キロ爆弾ガス爆弾を雨あられと落としたとかいう事は全然なくて、眠っている大怪獣やえゴンの頭の上を三時間ほど埒もなくぐるぐると飛び回り、子の刻あたりまでひとしきり飛んだのち六機で仲良く那覇へと引き返していったのである。

おそらくそれは偵察行動なのだろうが、最新鋭の戦闘機を六機飛ばすということは最低でも一時間当たり1000万円ぐらいの経費が掛かっているわけで、それを三時間やると3000万円。さらに今回のスクランブルにかかる整備やら人件費やらなんやら合算するに5000万円ぐらいは最低でも掛かるだろうし、おそらく米軍はその経費の請求を防衛省へ回すだろうからその5000万は当然水増し請求されて一億円となり、寝ているやえゴンの頭の上を飛び回っただけで一億円とはまったくもってふざけた話だ。我々の税金をそんなことに使いやがって。絶対に許さんと怒り出した人が三名ばかり、防衛省正門の前で二日間のハンガーストライキを行ったことを報じるマスメディアは皆無であったから世間の人は誰も知らない。

で、大怪獣やえゴンが眠り、日米合同偵察チームが那覇へ戻って石垣島に静寂の夜が訪れたのかと言うと勿論そんなわけはなくて、地上の莫迦の輪は丑の刻あたりから怒涛の盛り上がりを見せたのである。さっきも述べたように見物客やら観光客やら地元の小中高生、無職者や宿なし、暴走族まがいにラッパーまがい、クラバーやラリパッパなんかが野次馬となって押しあいへしあいをしたし、加えて焼きそばやタコ焼き、焼鳥、アメリカンドッグ、カキ氷、オリオンビール、泡盛、ジンジャーエールなどを売る屋台も多数出現し、辺りはさながら大怪獣やえゴン祭りの様相を呈したのであり、何故か朝方には日の出のカウントダウンまで始まり大モーヤー大会まで挙行される始末だった。

聴覚神経の制御により音声の遮断が随意に出来る大怪獣やえゴンは自らがつくりだした静寂の中で夜明けまで昏々と眠り続け、その寝姿は公共放送とは名ばかりの国営放送NHKを始めてとして民放各社もオールナイトで放映したわけであるが、ヤエゴンは眠ると微動だにしないのでライブ中継される映像としてはなんら面白みも躍動感も興奮もなく、オールナイトでテレビをつけていた人の大半は午前二時にはつぶれてしまった。

でもその中に一人だけ眠ることもなく、つぶれることもなく、ただひたすらに苛烈なる眼差しをライブ中継の大怪獣やえゴンに向ける女がいた。沖縄本島の不動産業者・加地久美子五一歳である。

「絶対このままじゃ済ませないよ覚えておけよこの腐れ怪獣野郎あああもう腹立つハラワタ煮えくり返るイライラする許せない絶対許せない殺す死なしてけちょんけちょんにして動物園に売り飛ばして見世物にして損害賠償させる絶対にさせるさせるんだから覚えておきなさいよこの腐れ怪獣が」などと句読点も読点もなく毒づき、歯噛みしながら50インチの大画面液晶テレビに向かって邪気を吐き続ける加地久美子の横では情夫の脇田茂助が怯えていた。彼が怯えているのは大怪獣やえゴンではなかった。

加地久美子に怯えているのである。

その才覚と運だけを頼りに人生半ばで財を成した者にありがちなように久美子もまたその気性激しく、自らを切れ者と自覚する故か他者を見下す性癖があり、殊に会社規模や財産において格下と断ずる男などは格好の攻撃対象だった。ましてや三流タレントで情夫の脇田などはほとんどペットと同格であれば、大怪獣やえゴンが石垣島において行った建物破壊により大きな不動産取引を潰された加地時久美子は今や怒りの権化と成り果てて、小物脇田は叶うものならば権化の行動半径五キロ以内からただちに退去したかったのだけれど、飼い主様はそれを絶対に許さない。

加地久美子は翌朝の一番機で石垣島へと向かった。
もちろんペットの脇田を引き連れて。

大怪獣やえゴンは日の出と共に目を覚ますと、激しい空腹感に突き動かされてサトウキビ畑へと移動し、ひたすらサトウキビを貪り続けていた。そこに加地久美子と脇田が登場したのである。加地久美子らはヤエゴンを取り巻いた警察官らの制止をも振り切り、ヤエゴンの眼前で大見得を切った。その横で脇田は、大怪獣やえゴンのあまりの大きさと迫力に一寸だけ失禁していた。

「あんた、いったいどういうつもりか知らないけどね、私の商売の邪魔をしたからにはただじゃ済ませないからね。わかってんの。こっちの損害額は億なんだからね億。億よ。それも一億や二億のはした金じゃないよ。ま、少なく見積もっても十億の商談だったのよ。わかってんの。十億よ十億。わかる?十億って。あんたはバカな怪獣だからただ壊してりゃ気分いいかも知れないけど、今回の件で私の会社が不渡りでも出したらどう責任とってくれんのよ。ええ何とか言ったらどうなのよ。この薄ら馬鹿のぼんくら怪獣が。聞いてんのかよ!喰ってばかりいないで人の話きけよ!聞けこの野郎!!畜生め。こうなったからにはあんたの身体で償ってもらうわ。取りあえずはどっかのサファリパークにでも行ってもらうから覚悟しなさいよ。あんたみたいのは相当珍しいから、どう低く見積もっても100億やそこらにはなるでしょう。それで今回の損失を埋めさせてもらうから。だからおとなしく私に捕まりなさい。一緒にサファリパーク行くのよ。それで今回の件は水に流そうじゃないの。いい?これは取引よ。わかる?と・り・ひ・き。とりひきよ。とりひき。あんた怪獣だから知らないかも知れないけど世の中は取引で回ってるの。そのボンクラな頭でも取引ぐらい意味わかるわね。わかんなかったら覚えなさい。ま、どうでもいいけど今からこの男、脇田をそっちにやるからおとなしくしてんのよ。わかった?」

そう言うと加地久美子は脇田に船の係留用ロープの一端を持たせ、無造作にも大怪獣やえゴンの方へドンっと両手で背中を押しやった。失禁さえするほどに怯えていた脇田にとってそれはあまりに無情な暴力だった。背中を押された次の瞬間、脇田の目から尋常なる光が消えたのである。

昨夜から烈火モードの加地久美子に怯え続け、大怪獣やえゴンを目の前にしてからはその桁外れのサイズと大怪獣の全身から発せられる独特の邪気にあてられ震え続けていた脇田はもはやそこに存在しなかった。これまで三十五年間に渡って外界と脇田とを繋いでいたものの全てが断ち切れた瞬間だったのだ。三流タレントであれなんであれ一般社会の構成員として成立させていたものを失った脇田は文字通り別人、別の人格となる。

背を押され二三歩よろめいた後に脇田は猛獣の如くその痩身を翻し、問答無用と飼い主様に襲いかかった。久美子のみぞおちに一発食らわせ、彼女の動きの自由を奪うが早いかあっという間に係留ロープで簀巻きにし、めちゃくちゃに顔面を蹴りつけて言葉の自由をも奪った後にごろごろと転がしたり蹴ったりしながら大怪獣やえゴンの前へと運んでいったのである。もはや脅えるだけのペットの如き男はそこに居なかった。

やえゴンは畑のまんなかに座り込んで気分よくサトウキビを喰らい続けていたのに無遠慮にも大声で何事か怒鳴り散らし、放っておいても止むことなく、更には近づい来ようとさえする脇田と簀巻きにたいそう気分を害した。脇田はともかく簀巻きはものすごく酒臭かったからだ。やえゴンは遠ざけるべきものとすぐさま断じたが、握ろうとすると人間は容易につぶれてしまうことを既に学習していた大怪獣やえゴンは二人を慎重につまみあげるとよっこらしょと立ち上がり、苛烈にアルコール臭を放つ簀巻きとその連れを思い切り投げ飛ばした。

リリース時の衝撃で二人の首と背骨が折れ、共にほぼ即死であったが、五百メートルの距離を飛んでいくあいだ脇田の意識は至福に包まれていた。南の島の空に輝くおおきな太陽と、絵の具を溶かしたみたいな青い海が万華鏡のようにぐるぐると交錯し、それは到底この世のものとは思えないほど美しい色と光線を放って脇田の最期を彩った。放物線を描いて短い飛翔をとげた脇田は幸せだった。で、幸せなままに自動車整備工場の壁に激突し、全身の骨が砕け、太い骨の一部は筋肉をつきやぶって身体の外へと飛び出したが、もはや脇田にはその自覚も痛みもない。

一方、簀巻きの久美子は港へ下る長い坂の途中に落下着地し、巻きものであるがゆえに坂道を勢いよくもゴロゴロと転がり落ちるとそのまままっすぐ港へと到達し、勢いあまって桟橋からダイブして港湾の底へと沈んで見えなくなってしまった。幾人もの人たちがそれを見ていたのだが、坂道を転がり落ちてきた簀巻きが一体なんであったのか積極的に調べようと言う者は皆無だったし、誰も彼もが大怪獣やえゴン騒動に興じていて簀巻きの件を警察に通報連絡するものさえいなかった。

【つづく】

| 13:37 | 立派な大人のための童話 | comments(0) | trackbacks(0) |
大怪獣やえゴン【2】
ヤエゴン港湾出現に際してはもう一名死亡者がいた。港に停泊休憩中だった小型高速船の船長 是城善吉である。善吉はやえゴンが港湾内で立ち上がったその刹那、やえゴンの横を交わそうと高速船を急発進させたのであるが、操船を誤ったのか怪獣やえゴンの右太腿に衝突炎上、帰らぬ人となったのである。

善吉がどうして船から降りず、小型高速船とは言え初速の遅い船舶で怪獣から逃げようとしたのかその理由はわかっていないのだが巷においては、船を怪物の魔の手から守ろうとした立派な海の男の美談を語りたがる向きもあったし、一方では港湾にいる人々が逃げる時間的猶予を稼ぐために我が身を挺して大怪獣やえゴンに突撃したのだと武勇伝に仕立てる者もいたが、善吉をよく知る人々はそのどちらにも同意しなかった。

善吉はどちらかと言えば無責任。と言うより明らかに無責任な人で、船を守るどころか普段は業務としてやらねばならぬ船舶の清掃や整備すら自分ではほとんどしたことがなく常に同僚任せだったし、ましてや他人の為に自己犠牲を払うことなどあの自己チューのサンプルみたいな善吉にして金輪際ありえぬことと多くの知人が一笑に付したのである。

ま、理由はともかく善吉の行動が俊敏で一縷の逡巡もなかったことは確かだった。やえゴンが港湾で横倒しになった衝撃によって昼寝から飛び起きた善吉はやえゴンの姿を確認するや次の瞬間には船外へと出て係留ロープを外してそれを回収。返す刀で操舵室へと向かい、離岸後、12秒で船を180度旋回させるが早いか両舷エンジン フルスロットルで大怪獣へと向かっていく。


その一連の行動は士気が高くよく鍛えられた陸軍特殊部隊の精鋭の如くあったわけだが、25年連れ添った善吉の妻は葬儀の席で親類縁者や友人らを前にしてこう述べた。「たぶん、寝惚けていたんでしょう。以前、夜中に地震があった時も主人は揺れで飛び起きたことがありました。そして何を思ったか主人はもの凄い勢いで作業服に着替え、軍手をはめ、バイクのヘルメットを被るとベランダへと走り、手すりをつかんで外へ向かって叫び出したんです。ほとんど怒鳴っているので何を言ってるかよく聞き取れなかったのですが、確か、ヤンキーゴーホームとか何とか言っておりました。あと、欲しがりません勝つまでは…みたいなことも。怒鳴っていたのは時間にしたら30秒ほどだと思います。それから主人は最後に「作戦1170!」と叫んでベランダの手すりを越えて外へ飛び出したんです。私はびっくりして、ええ、もう動転いたしました。だって、皆さんもご存知のように我が家はアパートの三階ですからびっくりどころじゃありません。ベランダから下を見たら主人が倒れているし、死んでしまったんじゃないかと思ってすぐに救急車を呼びましたが、ヘルメットを被っていたおかげだったんでしょうか、主人は頭を打って気絶しているだけでした。あ、それと左手首を骨折してましたが、不幸中の幸いと言うかそんな怪我だけで済んで本当によかったと胸を撫で下ろしたのに、まさか、まさか今回またこのようなことに…」

葬儀にはマスメディア各種も参列していたので善吉の妻の話は了解済みではあったが、本土のメディアは彼の死を『港にいた多くの人々を助ける為に怪獣に打撃を与えるべく突撃していった英雄的な死』として讃えまくった。新聞はことほど左様に美談が大好きである。

一方、地元の新聞は本土マスコミとはちょっと距離を置き『島の男。海の男。その見上げた男気』というタイトルで社説を掲載、善吉のことを直接知らぬ地元の人々の共感を大いに得たわけでこちらは武勇伝路線。ま、なんにしても創作である。

ともかくも酔漢一名と観光客八名、地元の船長一名の命を奪うことになった大怪獣やえゴンであったが、握りつぶそうと勝手にぶつかってこようとやえゴンに事件を起こしてる自覚などあろう筈がなく、やえゴンはただ気分が悪かった。眼下の人間どもが随分と騒いだり慌てふためいたり大声で叫んだりするので気分を害していたのである。

やっぱ、そういうときは喰うしかない。やえゴンはストレスが溜まると喰う性質だった。喰って憂さを忘れるのである。

やえゴンは草食だった。
草食であるから人間を襲って喰らったりはしない。あれ?おかしいじゃないか。では何故酔漢は握りつぶされたのだ?という疑問にお答えするに、ただ単に目障りだったからである。喰おうとした植物の繁みの中にあろうことか大鼾をかいて大の字に寝ている青年が非常に不愉快で邪魔であったから、どこかそのへんにポイッとやろうと酔漢を手に持ったところ、力の加減がわからず誤って握り潰してしまったのだ。ま、このことから教訓を得るならば酔いに任せて何処にでも寝るのは危険だという事である。

ヤエゴンはサトウキビ畑へと向かった。
身長三〇メートルから見渡せば畑のある場所など一目瞭然だった。市街地の北側に広がるサトウキビ畑に狙いを定め、市街地を最短コースで突き進もうとした怪獣やえゴンだったが、今度は身長三〇メートルが仇となりその巨躯が禍してなかなか突き進めない。そりゃそうだろう。十階建てのアパートメントが歩くようなものなのだから各種建築物で混み入った市街地を突き進むのは障害物の中を突き進むのと同義なのである。

ヤエゴンは苛ついた。ムカついた。誰だよこんなところにホテルなんか建てるのは。畜生め。またホテルだよ。アパートだよ。マンションだよ。一体いくつあんだよ。うそだろ。なんでこんな狭い島にホテルやアパマンばっか何百軒も建ってんだよ。畜生め。どうせ拝金主義にまみれた本土の連中の仕業だろ。ろくなことしやがらねぇな。こちとら邪魔で歩くことも出来ねぇだろうが。ええい、こうなりゃ片端からぶっ壊す。

というわけで大怪獣やえゴンは自分と同サイズのホテルやらアパートやらマンションやら室内練習場などに体当たりをぶちかまし始めた。

【つづく】
| 06:51 | 立派な大人のための童話 | comments(0) | trackbacks(0) |
大怪獣やえゴン【1】

最初にそいつの姿を見たのは朝まで植え込みの中で勝手に行き倒れていた酔っ払いだった。朝日とは言え 清清しいと言うには少々暑苦しい南島の陽光を背に仁王立ちするそいつが落とした逆光の影の只中で意識を取り戻した泥酔の青年は、寝惚け混濁した視界に映る異形の影が何を意味しているものかさっぱりわからない。夢か悪夢かまぼろしか。もしくは昨夜から摂取過多となり果てたアルコールとニコチンのせい。あと少量のアルカロイド系薬物によるバットトリップの類だろうかと自他共に認める酒癖薬癖の悪さゆえ己のまなこに映ったものの理解判別すら放棄し、苦しげな唸り声など軽くあげつつ再び夢魔の手の中へと落ちていったのであるけれど、それが青年の人生最期の時となる。

再び目を閉じた彼が二度と現に戻ってくる事はなかった。酔漢は無残なまでに握り潰される事となったのだ。肉がむにゅっにゅぶちちちと裂け、全身の骨がバキバキバキっと45箇所で折れまくり、行き場を失った未消化食物と空気で膨らんだ肺臓や小腸が「ボンッ」と音を立てて破裂した。



誰が酔漢を握り潰したかって勿論その異形なるモノがである。ヒト一人を握れるほどにその手がでかいのは当然で、そんなでかい手を持つからにはその本体サイズはこれまた当然ながら驚愕のでかさだ。どれくらい驚愕かと言うと、あまりにでかすぎて述懐するのが困難なほどであるが、島のオヤジどもはそんなバカでかい本体を指さして「あれは三〇メーターはある。ああ間違いない。絶対あるから三〇メーター。間違いない。三〇だ。絶対三〇だ。二五でない。三〇あるから」などとかなり強い口調にて断定するくらいのワイドスケールであり、つまりそれは一般に怪獣などと呼称されているものの身長サイズであれば、実際のところ世間も各種マスメディアも異形なるものを怪獣と呼びならわす事となった。

大怪獣やえゴンの登場である。

多少とも気の利いた人ならばいくら八重山に現れた怪獣だからって「やえゴン」はないだろう。それはあまりにイージーなんじゃないか。もうちょっと他にさ、やっぱネーミングの作法とかってあるでしょう、ねぇ。やえゴンは恥ずかしいよ。うん、ちょっと格好悪いなぁやえゴン。内地の友だちに報告しづらいよなぁなどと憂慮したのは言うまでもないけれど、結局のところやえゴンで一般に定着することになった。確かにセンスの良いネーミングではないだろうが、世間一般でそう呼び習わし、そう決まったからには仕方なく、これ以後やえゴンでの記述が続くことをご了承いただきたい。

肉片骨片となった酔漢の成れの果てを顔に近づけその臭いをかいだ大怪獣やえゴンは厭々をするように巨大な頭を打ち振るわせた。開いた手指から放たれる強烈なアルコール臭とインドール&スカトール臭。自らの手に握り締められていた肉塊が何か途轍もなくおぞましきモノ、もしくはこの世のものとは思えないほどに汚らわしきモノであるかの如くその無骨なる手と腕とを打ち払い、「わ、わ、わ!変なものに触っちゃったよ。わ、わ!!」みたいな仕草で肉塊を地面へと叩きつけようと試みたのであるが、やえゴンはすっかり取り乱し慌てふためいたせいでそれを誤って自分の足の甲へと投げつけてしまい、それは「べちゃ」という湿ったノイズを立てると、まるで盛り付けられた巨大なユッケの刺身みたいにやえゴンの足の上に貼りついたのである。

うそウソ嘘!いやだイヤだ嫌だ!ちょっと勘弁してよ、みたいにしてやえゴンは肉片が貼りついた片足をあげそれを振り払おうとしたが、肉片の隅々にまでに宿った酔っ払いの怨念か 八本もあるやえゴンの足の指にがっちりと食い込んだ肉片はなかなか取れなくてやえゴンはパニックをおこしかけ更に足を激しく振る。と次の瞬間、身体バランスを崩したやえゴンは、おっとっとっとっとっととケンケンの格好のまま五〇メートルほどあらぬ方向へ身体が流れ、勢い余って岸壁から足を踏み外し巨大な水柱を立てて港湾の海中へ横倒しに沈んでいった。

しかしさすがは身長三〇メートル。港湾の深さなどさしたるものでもなく、やおら立ち上がると海中で少し持ち上げた己の足を見つめ八本の足指をばらばらと動かして肉片がきれいに取れたのを満足げに確認したのである。よかったねやえゴン。と言いたいところであるが、そのように脈絡も前ぶれもなく突如として現れた怪獣ヤエゴンに今度は港湾に集う人々がパニックに陥ったのは当然といえば当然だった。

港にいたのは地元観光産業に就労する業者の方々と本土からの観光客だ。で、その多くは大怪獣やえゴンの立てた水柱の飛沫を全身に被りズブ濡れとなったが、誰一人文句を言う者も怒り出す者もいなかった。海中に立っているにも関わらずその頭頂部がはるか上方に位置する大怪獣やえゴンの姿をば全員が無言のまま見上げたのである。誰しも白痴のような御尊顔と成り果てしばし顔を上げ続け、やがて堪えきれなくなった一人の中年女性観光客がお湯の沸いた笛吹きケトルみたいな叫び声を張り上げた途端に烏合の衆が一斉に、てんでばらばらに走り出した。

あ、あ、あ、そうだよね。そうだよね。逃げなきゃね。だって怪獣だもんね、あれ。どうみても怪獣だよね。テレビで子供が見てる奴だよね。ややややややばいよ。絶対やばいって。かかかかか怪獣でしょ、あれ。ねねねねねね、そそそそそそそうだよね、嫌だなぁ。まままま参ったなぁ。うううん。困った。とても困ったよ私は。とか言いながらぶつかり合い、押し倒したり、揉み合ったり、殴り合ったり、相手が乳幼児でも問答無用だったり、怒鳴り散らしたりしながら逃げ戸惑うも、なんだかんだ言って大半の人たちは首尾よく港湾から避難できたのであるが、なにゆえか自らの意思で海に飛び込んだ中年の男女の観光客が八名ほどいて、その全員が溺死するという痛ましい出来事があった。彼らはただ単にパニくっただけなのか。それとも覚悟の自殺だったのか。八名の死の真相は今も深い闇の中だ。
(つづく)

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